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2mの半分が「1/2m」にならない訳

算数で分数を習い始めたばかりだったのである。

今から2年と少し前くらいだろうか。ちょうど夕飯の支度でバタバタしていた私のところにやってきたうちの小5男子(当時9才)の口は「へ」の字に結ばれている。へのへのもへじもびっくりな、お手本のような「へ」の字口を、とがらせながらこう言った。

ねぇおかぁさん。1メートルの二分の一が1/2mでしょう?ぼく、それはわかるんだよ。でもなんで2メートルの二分の一は1/2mじゃないの?同じ「二分の一」でしょ?ぼく、わかんないよ。

最初、何を言っているのかわからなかった。きっと私の頭上には「はてなマーク」が3つくらい浮かんでいたはずだ。分数でさっそくつまづいたか?小学3年生の算数がわかんないと今後かなりキツイぞ。まずいな...と思ったのだけれど。よくよく話を聞いてみるとちょっと違っていた。わかっていないのは分数ではなかった。

丸いケーキを家族4人で分けたら1人分は四分の一でしょう?ふたりで半分こしたら二分の一だよね。ぼく、それはわかってる。

ふむ。ちゃんとわかっているじゃないか。ホールのケーキをふたりで食べ切っちゃうのはどうかと思わないではないけれど、どうやらわかってないのは「分数」じゃない。「単位」そのものの概念の方だ。

さて。どう話したら伝わるか。おかぁさんなりに説明してみるからとりあえず聞いてもらっていい?

あのね。1メートルっていったら世界中どこに行っても同じ長さなの。なぜなら、そう決めたからよ。確か200年くらい前にフランス人が。

ボルト選手のいるジャマイカでも?アルバータ大学のあるカナダでも?

そうだよ。ジャマイカもカナダも同じ。1メートルの長さはみんな同じ。オリンピックの100メートル走の距離が違っちゃったら困るでしょ。発掘された化石の大きさも。でね、1メートルの長さだけじゃないよ。1キログラムっていったらどこの国でも同じ重さなの。

ほら、キティちゃんいるじゃん?サンリオのキャラクター。あのキティちゃんの身長が「りんご3個分」らしいんだけど、世の中には小さいりんごも大きいりんごもあるし、聞いた人によって想像する身長は変わっちゃう。それじゃ、困るよね。だけど、おかぁさんの身長が153センチ(メートル)ですって言ったら、世界中どこの国の人でも同じ背の高さを思い浮かべることができるんだよ。

りんご3個...思ってた大きさとちがう。

ごめん。一旦キティちゃんは横に置いておこうか。って言うかりんご3個より大きいと思ってたの?え?もっとちっちゃい?へぇ...意外。じゃなくて。えーとおかぁさん何を言おうとしてたんだっけね。

あ、そうそう...「センチメートル」や「ミリリットル」、「キログラム」とかあるでしょう?1メートルもそうなんだけど、「メートル法」っていう世界共通の「ものさし」を使ってる単位だから2メートルの二分の一は2mの半分で1mなの。1mの二分の一は50cmなの。「1/2m」って言い方は 1[メートル]を半分にした時にしか使えないの。「二分の一」がいつも「1/2m」とは限らないんだよ。

デシリットルも?世界のどこでもいっしょ?

そうだよ。

漢字で書いたら「弟子」になる?

...なりません。あんまりおかぁさんの日常では使わない単位だけど「デシ」には「10」って意味があるからね。「ミリ」は「1000」だよ。

じゃぁ1リットルはお弟子さんが10人って覚えればいいんだね。

ぃゃ...あの...ぇぇと...それで覚えられるなのらそうしなさい。単位換算の問題、算数でいっぱい出されるものね。

でも「ものさし」って?あの竹でできたやつ?世界中の人が竹のやつ持ってるの?

ぃゃ...「ものさし」ってのは例えだよ。みんなが同じ「メートル法」っていう世界共通のルールを使ってるってこと。

そっか。比喩的表現か。

...なんで「比喩的表現」って知ってて「ものさし」は知らぬのか。多分に偏りのあるうちの小5男子(当時9才)の語彙力はともかく、30分くらいかけてそんな話を、した。

そのあと少し気になって調べてみたら、日本でメートル法を採用したのは明治、尺貫法の廃止が大正、メートル法の使用が義務化されたのは戦後らしい。でも令和になった今でも1升瓶や1斗缶は健在だし、炊飯器の表示は1合、2合。和室のふすま2枚分が1間、土地は1坪と、身の回りにはなんだかんだで今でも尺貫法が残ってる。

ちなみに尺貫法の単位の中で世界標準で採用されているものがあるのを私は知らなかった。あの世界のミキモトで有名な真珠は今でも「匁(もんめ)」で取引されているとのこと。1匁は3.75g。100匁が1貫。
「でーぶー でーぶー100かんでーぶ くるまにひかれてぺっちゃんこー」の歌詞は今の世の中だといろいろアレですが、100貫は375kgってことか。ギネス世界記録は無理でも、普段そうそうお目にかかるレベルじゃないほどの巨漢、と。なるほど。

ただ、1匁って重さの単位なんだけど、それと同時に江戸時代のお金の単位でも使われていたと言うからややこしい。銀1貫の1/1000が1匁。金1両が銀60匁らしい。昔遊んだ「はないちもんめ」の「1もんめ」は重さじゃなくて、お金の単位。新型コロナの感染拡大で校庭から元気な声が聞こえなくなって久しいけれど、うちの子供達が通う小学校では「はないちもんめ」ブームが到来していたと当時1年生だったうちの小3女子が言っていたのを思い出す。

おひるやすみになると6年生のおねぇさんたちとやるんだよ。はないちもんめ。おかぁさん、しってる?

「あのこがほしい」って指名してもらえないとだんだんみじめな気分になっちゃうあのあれね...という言葉を飲み込んで、もちろん知ってるよとだけ答えたんだっけ。

ところで。5年生になって間もない頃本人に聞いてみたらこの「1/2m 問題」のことなんてちっとも覚えてなくてがっくり拍子抜けしたけれど、とにかく疑問に思ったことが腹落ちしないと次に進めない性分なのは今でもちっとも変わっていない。三者面談で担任の先生が言っていた「分数の割り算ってそもそもなんだろうってとこで足踏みするかもしれませんねぇ」との不吉な予言が当たりませんようにと祈るばかりなのである。

追記:
もちろん分数の割り算で足踏みしたし、円周率の意味についてとことん考えてみないと気が済まないうちの小5男子なのでありました。おかぁさんがあなたに教えてあげられることは年々減ってきています。頼もしいしうれしいし、それでもやっぱりちょっとさみしい。そんな感じです。


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