体は、着替えたくてもどうにも脱げない
やる気がまったく起きなくて、体もベッドからちっとも起きない状態になりました。
粛々と日々をこなしていたのに、たまにいきなり何かがブチッと切れて、ズドーンと落ちます。
なので、ここぞとばかりに!チャンス到来とばかりに!ネガティブなことを書きますよ。
このnoteを始めたのは、体や健康と向き合った記事を書くのが目的だけど、ほんとは、自分の体がすごくすごく苦手っていう話です。
瞑想の方法のひとつで、ボディスキャンというのがあります。寝た状態で呼吸を整えつつ、体のすみずみまで意識を持っていくやつ。
あれやると、気持ちが悪くなって、落ち着くどころか気が狂いそうになります。何度やっても吐き気がして暴れ出しそうになるので、封印しました。もうやらぬ。
自律神経がやられたときも、自分の体の違和感がひどくすべてが気持ち悪くて発狂しそうになるけど、同じような感覚。
10代のころ、自分のO脚が気持ち悪くなって叫びそうになったのもその線かもしれない。
自分を鏡で見る習慣をつけると自己肯定感が高まるとかなんとか聞いたことある気がするけど、ほんとかな~?
私は自分の手が嫌いで、否応なしに毎日毎日目に入るけど、肯定感持ったことまったくないんだよなー。
子供のころは人前に手を出すことすらつらかったのを、今では不自然にならない程度に生活できてるから少しはマシになってるはずだけど。
「クマザサさんにそっくりな人を見たよ」という目撃情報が頻繁に寄せられ
何度も定期参加している会合で「はじめまして」と挨拶されるほどモブいです。
自分の容姿がド平凡な自信満々、普通オブ普通ですし、イグアナにも見えません。自意識が強かった年代も通り越した。
自分の意識でどうにもできないパーツが自分の存在に紐付いてるのが苦しいのかな〜〜?
特に苦手なのは端っことか先端とかで、髪を長くしたり、手足の爪を飾るのも気持ち悪くなるのでやりません(他の人がするのはいいです)。
このあたりは自分のことなので、直視せず考えすぎず意識を外に向けて他人事のように接してお茶を濁しとけばなんとかいける。
しかし自分のもの以外でもダメージ食らうこともあって。
保健の授業で体内のミクロレベルの細かいパーツの話を聞いていたら気持ち悪くなってシャーペン持つ手がガクガク震えて(書痙ってやつです)ノート取るどころじゃなかったし
現代文の題材で取り上げられた吉行淳之介の「童謡」も、病で痩せた描写が苦手で、授業中、顔面蒼白で脂汗ダラダラ流しながら震えていたし
文化人類学の講義で流された女児割礼のビデオも嘔吐感と貧血でぶっ倒れそうになったし
なんでみんな平気なんだろ?自分がおかしいのか、と教室を出ずに我慢してしまったけど、あきらか不審者だったよな~~!出てけばよかった(それはそれで勇気が必要だったけど)。
しんどくなるのは、自分ごととして捉えてしまっているせいなのだろうか?
落ち着いて!それはあなたの体じゃないのよ!!
(他人の容姿を見て嫌悪感を持つことはないです、念のため!)
シャンプーも石鹸もボディソープも使わず(手は例外)、保湿クリームもリップクリームもほとんど使わず、化粧もしないで済む生活になって長いことたったけど、よかったです。自分の体にかける体力と精神力と時間とお金が減って。
いや、ズボラなだけだろって言われたらぐうの音も出ないけど!ズボラスタイルを確立させるまでには努力がたしかにあったんだよ!
子供のころ、髪を抜きまくったことがあったんだけど、抜毛症(トリコチロマニア)という病名を知って「へー!名前があるのかーーー!」と感心したものです。もっとも、単にアホ毛が気になってもりもり抜きまくっただけなので、私はこれには該当しないかな。
この、「自分の体がめちゃめちゃ違和感」「体のこと考えると不快で気持ち悪い」という現象にも名前あるんでしょうか?
たぶん、性別違和ではないと思う。昔はちょっとそういう気配もあったけど。
同じような感覚をお持ちの人ってほかにもいるのかしらね??
数ある記事の中からこちらを読んでくださってありがとうございます!