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このお話は終幕のあとで(5)

※当記事は米澤_穂信・著『愚者のエンドロール』の二次解釈小説であることをここに明記します。これら記事のいかなる表現、内容も原作者・原作と何等無関係であり、この記事に起因する紛争は全て記事製作者の責任です。著作権権利者、又はnote運営管理者より何らかの要請を受けた場合、一切異議申し立てることなくすぐ従うものです。


 店前の通りは川沿いともあって早くも薄暗くなっている。入須とは表通りまで連れ立つことになった。
「ああ、そういえば。うちの部長から苦情がひとつだ」
「なんだ」
「代わりの脚本家にうちの一年を引き抜いていっただろう。文化祭準備もほっぽり出させてこき使うのはやめてくれって」
「ああ、そのことなんだが……」
 ふふ、と入須が口元に手をやって笑った。思い出し笑いだろうか、珍しい。
「お前では役者不足だったと伝えると、嬉々として引き受けてくれたぞ」
「ああ……」
 その一年生の顔を思い浮かべながら苦々しい気持ちになる。
「その子な、大層な自信家なんだけど……一回、泣かせちゃったんだ。思わずぼろくそに批評したことがあって」
「なんだ、嫌われているのか」
「違う。ちょっと……敵視されているだけだ」
 次に顔を合わせるとき、少し面倒くさいかもしれない。
「本郷に甘い癖に、後輩には厳しいのか」
「別に本郷に甘いわけじゃない。あれを文集に載せるならやっぱり徹底的に叩くさ……結局、自分に関係なかったから作品の質なんてどうでもいい。本郷の態度は不満だけど、俺たちが批評できるのは作品だけだから。全ては作品が語るんだ」
 そう思うと昨日の本郷には余計なお世話をしてしまった。
 一人でひっそりと反省していると、そんなものか、と入須は小さく呟いた。
「だが、お前がどうあれ彼女には助けられた。礼を言っておいてくれ」
「なんだ、自分が投げ出した役割を全うしてくれてありがとう、とでも言えばいいのか? それこそ悪い冗談だ」
「私が頼んでいるんだ。引き受けてくれるだろう?」
 冗談めかして食い下がる入須に違和感を覚えた。こんなこと初めてだ。
「入須、どうした。嫌がらせとは珍しい」
「ああ、そうかもしれない」
 赤信号で止まる。ここを渡ればそこでお別れだ。
「お前は決して私のやり方に賛成しない。それはわかりきっていた。だから脚本家だけを任せた。しかし、お前は折木君を待たずに本郷の脚本に辿りついてしまった。するともう、脚本家は別の人間に頼るしかない。彼女まで話を持っていくのにどれだけ苦労したことか」
「それは……悪かったよ。いや、悪いとは思っていないが、その……」
 横断歩道を渡りきって入須を振り向いた。
「力になれなくてすまない。期待に応えられなくて、悔しいよ。悪かった」
 入須は意外そうな表情でこちらを見返した。
「なにも、できなかった」
 思わず、言うつもりのないことまで言ってしまった。けれど事実だった。俺は今回、ずっと外野のままだった。最初から最後まで外から野次を飛ばしているに過ぎなかった。
 相当バツの悪い顔をしていたのだろうか、入須は小さくふき出した。
 店で見せていた抑揚のない情感も冷然さもなく、ただ廊下ですれ違ったときのように小さく手を振るとこう別れを告げた。
「なに、冗談さ」
 ああ、これだから入須の頼みは断れない。