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いもうと未満

【SCENE1・終業式の電話】

「あんた!いい加減にしなさいよ!」

彼女は電話の相手にそう言い放つと

「はい、リカから」

あからさまに不機嫌そうな声で持っていた受話器と車のキーを僕によこした

どうやら《学校までお迎えに来い》という旨の話らしい

電話の相手は彼女の妹のリカ

何度か彼女の家を訪れているうちにすっかり懐かれている
こちらも彼女の家族に気に入られようと極力この子の頼み事を聞いていたのだが
いつの間にか立場的にはリカの召使いのごとく扱われている次第である

そのおかげか…

何度か電車を乗り逃したリカを迎えに車を走らせたのは1度や2度ではない

それにしても…と僕は思った

いつもは夜遅くなった彼女を最寄り駅までは迎えに行っていたのだが
今日はリカの学校の終業式であり、電車はこの後に幾らでもやってくるだろう

「仕方ないな校門前で待ってな」

僕はそう言って電話を切ると彼女から受け取ったカギを手に車へとむかう

リカからは

「友達が3人一緒だから…お姉は家で待機してるように」

と伝えられてはいるのだけれど…

「ひとみも一緒に行く?」

一応彼女にも一声かけるが、不機嫌な彼女が首を縦に振ることはなかった

【SCENE2・校門の前にて】

校門の前にはリカを含む4人の女の子が待っていた
「お待たせ」と僕が車の窓から顔を出すと

「えっへへっ!どうだ?コレがウチのお兄だ!うらやましいか?」

その友達にリカはこう言い放った

何でも自分の言うことを利く召使いを自慢したかったのだろうかリカはドヤ顔で

「さぁ…乗った乗った!」

と友達を車へと誘導した…それにしても《コレ》って

女の子たちの乗ったく車はそれは賑やかだった

「ひとみさんがうらやましい」
「私もお兄ちゃん欲しい」
「リカちゃん良いなぁ」

その一言一言にリカは「うんうん」と頷きながら

「お兄とお姉の出会いは…」
「んー!みほもお兄って呼んでいいよ」
「でしょー!お姉もいい男を捕まえたもんだよ」

等と、さらにご主人様を増やそうと躍起になっているようだ

そして気がつけば…

彼女達の夏休みの海水浴や隣町のアウトレットの買い物ツアーの送り迎えの運転手を任命されていた

満面の笑顔で

「お兄!いいよね!」

これをされたら…やっぱり断れないかな…

【SCENE3・君は雨の日に…】

結論から言うと…僕がリカ達と一緒に海水浴やお買い物に行くことはなかった

よくある些細なケンカが発端でひとみとは別れてしまった

そして…それはリカとの別れも意味する

あれから1年が過ぎようとしていた

通りの街路樹もすっかり枯れ果ててこの街に冬が訪れようとしていた
空からは今にも雪に変わりそうな冷たい雨が降っている

信号待ちの車の中から見えるバス停の小さな屋根から滴り落ちる雫は
寒さに小さく震えながらバスを待つ女の子の肩を容赦なく濡らしていた

その女の子の姿に僕は心を締め付けられそうになった

僕は信号が青に変わった瞬間に左にウインカーを上げてバス停の少し前のパーキングに車を停めた
そして車から傘を取り出しその女の子の前と向かう

「リカ…ちゃん?」

その声に彼女も驚いたようにコチラを見た

「どうしたの?傘ないの?」

彼女は何も言わずにゴクリと頷いた

ふと、バスの時刻表を確認する
どうやらあと20数分はバスはやってこない

僕は彼女の手を掴むとすぐ隣のハンバーガーショップへと誘った
1階のテーブル席、ホットコーヒーを彼女の前に置きハンカチを手渡す

「はい…砂糖とミルク二つずつだよね」

そして

「リカちゃん元気だった?お父さんお母さん…ひとみも変わりない?」

リカはコーヒーカップを両手で包みながら、ちいさく頷いた

「そっか…」

僕もそれだけ言うのがやっとだった

そして再び彼女の顔を見ると、彼女は大きな涙をひとつ流しこぼし

小さな声でこう切り出した

「酷いよお兄…」

「リカ…ちゃん。どうしたの?」

突然の彼女の涙に僕は狼狽した

「だって…お兄…よその人みたいだよ」

その言葉にさらに心が痛み出した

「急に私の前からいなくなって!お父さんもお母さんもお兄のこと…最初から居なかった事みたいになって…」

ひとみと別れた日以来…彼女の家から僕の話題は一切しなくなった
それは当たり前の話だろう

当事者である僕とひとみは納得済みの別れであった

だけど…

突然に何の話もサヨナラの挨拶すら出来ずに君の前から消えた僕のことを…

リカはどう思ったのだろうか…

ゆっくりとした時間が流れた

いつの間にか雨は止んで夕暮れの街にまた一段と冷たい風が吹いた

「お兄の妹にもなれたかったよ」

別れ際リカはあの時の満面の笑顔でこう言ってくれた





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