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祖母と母を追いつめ続けた祖父の葬儀で思ったこと。

祖父の葬儀がありました。97歳で大往生といろいろな方々に言ってもらえましたが、私は「お疲れさまでした、ありがとう」の言葉で祖父を送り出しませんでした。祖父は、妻である祖母と娘である私の母に暴言を吐いたり、それはそれはひどいエピソードばかりの人です。母は長女だからと結婚後も同居や介護を強いられ、祖父の呪いの中で生きているようでした。

私は母から亡くなったと連絡が来た時、「やっと終わったね」と言いました。悲しいとか寂しいではなく、それしか浮かびませんでした。葬儀で最後のお別れのときも家族は各々の思いをぐっと飲み込んだ表情でした。私もかける言葉も涙も出なかった。

祖母や母が悲しい顔をしているのを見て育った私は、その時も今もずっと祖父に対して悔しい思いがあります。自分の喜怒哀楽で周りを振り回したり、自分以外はどうなってもいいという価値観の祖父。なぜその選択しかできないのか、なぜ話し合いができないのか、なぜ自分と同じように相手を思いやれないのか。生きているときは会話にならなかったから、これからこれらの思いを整理するため祖父に心の中で問いかけ続けます。

「このお葬式でじいちゃんは満足してるかな。きっと文句言ってるよね」と言いながらも清々しい表情の母。母の長い闘いがやっと終わったようです。

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