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クリスマスツリーの輝きのように

「ありがとうございます。こちらに連絡先を書いてございます。ぜひご検討くださいませ」といって、ファミリーに頭を下げるのは竹岸涼香。
 とある住宅展示場にある、受雷工務店の営業であった。

「竹岸さんお疲れ様です」「さっちゃんお疲れ。やっぱり今日は忙しかったわ」「日曜日ですからね。仕方ありませんよ」「まあね。じゃあ午後シフトのさっちゃん。後片付けお願いね。お先に!」
 涼香は後輩に挨拶をして、黒のフォーマルコートを身にまとうと、モデルルームを後にする。
「いつもなら車なのに、もう面倒だわ。弟が女の子とのデートで使いたいって言われるとね。まったくしょうがないわ。いい加減自分の車買えよっての。さてバスの時間まで少しあるわね」

 涼香はいつもなら素通りするある物の前にいた。これは展示場の前にある大きなクリスマスツリー。例年この時期になると取り付けられるものである。この日は公共交通できたので、30分に1本のバスの時間まで、5分ほど時間があったのだ。

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「あれ、あれは受雷の」と涼香の後姿を見つけたのは、受雷工務店のライバル会社、風林ハウスの営業、真中俊樹である。

「あ、受雷の竹岸さん」涼香が振り向くと、背の高い茶色いコートの中に紺のスーツが見え隠れする俊樹が立っていた。「ああ、風林ハウスの」「あ、真中です」「あ、ま、真中さんね。お疲れ様です。風林さんは今日は如何でした?」「いやあ、年配のファミリーが多かったですね」
「そうですか、うちはファミリーでも小さな子連れの人がメインでした」「受雷さんは鉄筋専門ですから、若い人が多いんでしょう」
「そうね。でもやっぱり木造に強い風林さんも、固定のファンが多いんじゃないですか、うちはデザイン主体で売ってますけど、そちらは断熱材へのこだわりが」と、お互いの営業上の話をしていたが、突然俊樹が話題を変えた。

「これ、きれいですね」と俊樹は目の前のクリスマスツリーを指さす。「え?ああ、そうですね。私ここにきて3年目なんですが、こうやってじっくりクリスマスツリー見たの初めてです」
「竹岸さん、本当に季節感じますね。つい1か月半くらい前まで、ここにあったのは、カボチャのおばけだったのに」
 ふたりは、周りがすっかり暗くなったのに、この場所だけ目立つように明るいクリスマスツリーのイルミネーションを静かに眺めた。

「あ、しまった。まずい。あ、真中さん。ありがとう。じゃあまた来週」突然スマホを見た涼香。
「どうしたんですか急に」「今日バスなの。ごめんなさい!」そう言うと軽く一礼してバス停に向かって涼香は走る。
 ところが、ここで失態。バス停まであと10メートルのところで、バスはエンジン音を拭かせながら過ぎ去ってしまった。「あちゃー」涼香は思わず右手を額に置く。
「ありゃりゃ、ふう、困ったわ。次は30分待ちか。こんなことなら、風林の真中さんともう少しおしゃべりしたらよかった。他社さんだから普段はなかなか話とかしずらいしね」とつぶやいてスマホのアプリを起動させる。

「あ、竹岸さん!」「だれ?」涼香が顔を上げると、車の運転席に座っている俊樹がいるではないか。「あ、先ほどは失礼しました」「バス、間に合わなかったんですか」「そうなんです。お恥ずかしい限りで」と言って照れながら頭を小さく2回頭を下げた。
「もし、よろしければ駅まで送りましょうか」「え、そ、そんな」
「いいですよ。僕も通り道ですし。寒いところで25分も待っていたら風邪ひきますよ」
 涼香は一瞬戸惑ったが、「あ、そ、そうですね。じゃあお願いしようかしら」と了承し、助手席のドアを開けた。

「でも、すみません。他社さんの車なんかに乗って、上司に見られたらお互い」「いいんじゃないですか。企業機密はこの車にないし、受雷さんのことはわかりませんが、うちはそんな料簡の狭い会社じゃないんで」「あ、それは受雷も!」と言いかけてお互い笑い合う。

 車は駅方向に走り続ける。10分ほどで到着する見込みだ。しばらく静かな車内。信号待ちで止まったときに、沈黙を破ったのは運転していた俊樹。
「あのう」「はい」「もし少しだけお時間があれば、お見せしたいところが」やや緊張気味の俊樹。
「え?あ、はあ、何かあるんですか」「え、ええ僕が好きなスポットがあって、こんな機会ではないとご案内もできないかと」
 暫く俊樹の顔を見る涼香。数秒後に笑顔になり。「いいわよ。確かにそうね。じゃあ案内してもらおうかしら」

 俊樹は小さくうなづくと、ちょうど信号が青になる。車を動かし次の曲がり角を左折した。しばらく行くと小高い丘に向かう急な坂道を上る。「あ、裏の丘に行くんですね。なにがあるんですか」「ええ、夜景が見えるんですが、その中に」
 こうして5分も立たないうちに、丘の上に到着。車は空き地のような無料駐車場に滑り込んだ。

 車を降りたふたりは丘の上にある展望台の前に行く。みると、住宅の照明が宝石箱のように輝いている。「なじみの町なのに、上から見るとやっぱりきれいですね」
「あ、あそこ見てください」俊樹が指さすと、クリスマスツリーが紫がかった光を中心として、ひときわ輝いた姿で目立っている。
「あ、あれ!クリスマスツリー」「駅前の大クリスマスツリーですよ。駅前で見てもその大きさで圧倒されますが、こんな丘の上からもはっきり見えるんですね」「真中さんは何でこれを」
「あ、僕半年前にこの地域の担当になってから、仕事帰りに車でいろんなところ巡回しているんです。それでこの丘に来たときに見つけて」
「へえ、で何で私を?」涼香は俊樹のほうに振り返って質問する。

「さっき真剣に、クリスマスツリーを眺めておられたから」「あ、ああ、まあ、あれはたまたまなんだけどね」と涼香は営業スマイルではない、ナチュラルな笑顔を見せた。
「実は明日の12月7日はクリスマスツリーの日なんです」「え?そんなのがあるの」今度は驚きの表情に変わる。
「1886年12月7日、横浜に日本初のクリスマスツリーを明治屋と言うスーパーが始めたのを記念してらしいです」「へえ、お詳しいですね」
「と言いたいところなのですが、実は今日のお客様にお見送りのときに教えてもらって」「あ。そうなんですね」

「その方クリスマスツリーとかクリスマス用品の卸の会社に勤められているそうで、ものすごく詳しいんです。クリスマスツリーのことを『知恵の樹』の象徴と言ってました」
「へえ、知恵の樹かぁ。それいいわね。そのエピソードもらいましたよ」「あ!」慌てて目を大きくする俊樹。
「まあ企業機密じゃないし、私がこれ来週から使っても、あなたの上司には怒られないでしょう」とニヤケた表情の涼子。ここでまた合わせるようにふたりは笑う。

こうしてふたりは、後しばらく丘の上からクリスマスツリーを眺めるのだった。


こちらもよろしくお願いします。

クリスマスアドベントカレンダーはしばらく空席が続くので私が代行します。(もちろん飛び入り参加は大歓迎)

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 321

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