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ホアンキエムのほとりでボーイズラブ

 ここはベトナムのハノイ中心部にある小さなホアンキエム湖のほとり。大きな亀の伝説があるこの湖は、クリスマスを前にきらびやかなイルミネーションが彩られる。そして湖畔には主に若いカップルが、仲良くデートを楽しんでいた。

 その中にひとりの若い男性ファットが、ひとりで静かに湖面を眺めている。「あの日から2年かあ」
 湖面を呆然と眺めていたファットの脳裏には、2年前の出来事が鮮明に浮かんできた。

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 2年前の12月5日。今も勤務している三ツ星ホテルのフロント担当として働き始めて半年あまり。この日、ホテルの勤務が終わったのが夜。「そろそろイルミネーションやっているかな」ファットは家にまっすぐ帰らずに、ホアンキエム湖に立ち寄ることにした。

「おう、ひとりか暗いね。新人」ホアンキエム湖を眺めていたファットに声がかかる。「あ、ナムさん」彼はファットより一回り年上。いつも黒いダウンのジャンパーを羽織っており、ホテルと空港の送迎や市内観光のガイドを担当している。

「もうじきクリスマスだっていうのにひとりとは寂しいな」「そうですね」
「俺もそうなんだ。どうだ暇なもの同士。ちょっとご飯でも食べないか」

 こうしてナムに誘われ、男同士でご飯を食べることにした。中心部から少し離れた場所。ナムが好きだというローカル食堂に入る。ここでビールを飲みながら、揚げ春巻きなどつまみになりそうなベトナムフードを楽しんだ。
「お前彼女がいないのか、モテそうだけど」「あ、僕、女の人が苦手で、4兄弟の末っ子なのですが、上に姉が3人いていつも... ...」

「へえ、イケメンなのにもったいないなあ。まあ俺も人のことと言えないが」と言ってナムは笑いながらビールを飲む。喉を動かしながら豪快にビールを飲むナムは優しい表情。ファットは不思議とナムに安心感を持った。「おい、もうちょっと飲み足りない気がしないか?」店員に勘定を伝えた後のナム。
「え?」「この近くに俺の家がある。なあに今はカップルばっかでつまらない。俺たちだけでもうちょっと酒を飲もうぜ」「あ、明日は休みなので。はい」

 ナムの家は、食堂のすぐ近く歩いて5分もかからないところにあった。「むさくるしい部屋だが入ってくれ」「はい」
 ナムの部屋は薄暗い。間接照明があって、雰囲気の良いバーのよう。

「ちょっと、好きな音楽流しても良いか」「あ、はい」
 ファットの同意を得て、ナムはベトナムの伝統音楽を流し始めた。

「これはトルン、なかなか元気が出ると思わないか」「はい、民族系は普段聞かないので新鮮です」
 トルンのけたたましい竹の音色を聞きながら、無色透明のルアモイと言う名の蒸留酒を呑むファット。ナムも同じような蒸留酒を飲んでいたが、少し黄ばんだ色がする。

 1時間くらいBGMを聞きながら飲ふたり。ファットは少し酔いが回り感覚が麻痺し始めた「ナムさん、ずいぶん酔ってきました。そろそろ」「そうか、最後にこれ飲めよ」とナム飲んでいたもの。それはあとで知ったが、トカゲをつけている薬酒である。興味本位で口に含むファット。「あ、キツイ」ちょっと味の違って強い酒、そして体が急激に温かくなる。
 ここでナムが突然ファットの体に抱きつく。ファットはいったい何が起こったのかわからない。ナムが耳元で小さくささやく。「いい体ししているじゃねえか」
「え!ちょっとナムさん!」そのとき、ファットはナムの視線と合った。

 ナムの視線は先ほどまでの笑顔とは違う。鋭く獲物を狙う肉食動物のようだ。その目を見たファットは突然全身からしびれるような感覚が襲う。その後は金縛りにあったように体が動かない。ターゲットとされた草食動物のようだ。その瞬間ナムはファットの耳を舐める。不思議な感覚が耳元を襲う。瞬時に唇も奪われた。

「... ...ああ、ああ... ...」ファットは恐怖のあまり声が震える。だがナムはお構いなしに今度はファットのシャツのボタンを勢いよく外す。それを脱がせ、休む間もなくTシャツを下から一気にまくり上げる。そして胸に口を置いた。左右の胸に口と右手を交互に当てながらファットを優しくマッサージ。「うう、うあううあち、ちょっと!」
 ファットは声を出すのが精いっぱい。力いっぱい抵抗すれば勝てたかもしれない。だが常にファットの視線に合わせるナムの獣のような瞳。その視線を受けると体が動かないのだ。トルンのけたたましい音色に合わせるかのようにナムの激しい攻めが続く。

 それ以上にファットには不思議な感覚がある。ナムからの攻めを自ら楽しんでいる。嫌ではない。このまま『ナットの思うがままになりたい』というもうひとりの自分がそこにいるのだ。 

「いい子だ、よし行くぞ!」ナムはわざと激しく仰向けのファットの体を起こすと、180度回転。そのままをうつ伏せにする。今度はジーンズのズボンのチャックを外し、一気に下から剥がしていく。さらにパンツも。
 全裸にされたファット。すでに前方のあるとことが固くなっている。そのままお尻を上にされ、後方から固い何かが入る感覚「...あ...あ!..」
 ファットはもうほとんど声が出ない。口元が震える。ただ初めての感覚が強烈でその部分が激しく動く。やがてそれが少しずつ心地よいものへと変わっていった。
 そしてファットが今までにない最高の心地よさを感じたとき、前方の固い部分から液体らしきものが出た模様。
 
 ナムはそれを見届けるといつもの穏やかな表情に戻る。ファットの濡れた部分を拭いてくれた。「お前のことは前から気になっていたんだ。怖かったか。いきなりだからな。まあ許してくれ」「あ、な、ナムさん」
 恍惚感に浸るファット。そしてこのときに、もうひとりの自分に目覚めた。自分は異性が恋愛対象ではなく、同性が対象のゲイであることを。

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 あの日の夜を境に、ふたりはカップルとして付き合い始めた。だがそれは禁断の恋。決して誰にもカミングアウトしなかった。その期間が一年余り続く。しかし今年のバレンタインデーにふたりの休みを利用したデート。このときホアンキエム湖のほとりで、お互いがカミングアウトすることを誓ったのだ。

 ちなみにベトナムで、ゲイなどのいわゆるLGBTは、法的には結婚は認められていない。だが事実上黙認されていた。(式を挙げること自体は容認)21世紀には、そういった関連のパレードや国内に住む外国人同士の結婚の事例がある。

 バレンタインデーを境にふたりは親しい人から少しずつそのことを告げた。みんな最初は驚きの前に目を丸くしたが、ほとんどの人は黙認してくれる。


「おい、遅くなってわるかったな」ファットを現実に戻す声。ナムである。「あ、ナムさん。ホアンキエム湖眺めていたら時間は気になりません」「そっか、あの日から2年だな」「あ、覚えてくださったんですね」「当たり前だ。じゃあ今からあのときの再現をすっか。腹減ったろう。まず食堂で腹ごしらえだ」

 と優しい声をかけるナム。ファットは「ハイ」と小さく声を出すと。ふたりは手を繋いで湖を後にするのだった。



こちらの企画に参加してみました。

せっかくの機会なので、無謀にもBL小説に挑戦してみました。
(こういう機会を与えてくださった千本松さんに感謝します)


※そよかぜのアドベントカレンダーの4日目は、コペルくんwithアヤ先生さんです。


電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!


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シリーズ 日々掌編短編小説 319

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