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トラブルを乗り越えてたどりついたボルネオ島への道

「やっぱりいつもとは違うわね」と古田原(こたばる)キナは、静かにつぶやいた。これは今から2年前、今とは違った「当たり前の旅立ち」ができないときのエピソードである。

 2018年9月4日、台風21号の影響で、関西国際空港の連絡橋に流されたタンカーが衝突。これは今までにない空港の事件であった。台風の影響で水害もあり、海上空港は閉鎖されてしまう。水害のほうが収まったものの致命的なのは連絡橋の破損。この日以降しばらくの間、関空から飛行機が飛ばなくなった。

 キナはこの月に出発する香港行きのチケットを手にしていた。LCCを使い香港を経由して向かう先はマレーシアのボルネオ島だ。しかし、香港行きのフライトはキャンセルとなってしまった。
「この日のために1年我慢したのに」キナは納得できない。マレーシアという国には過去に行ったことがある。しかしいわゆる「マレー半島」にしか行ったことがない。

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 そして「半島とは雰囲気が違う」と、いろんな人から聞いていた「ボルネオ島」へのあこがれがあった。だからボルネオ島の都市・コタキナバルへ向かう予定にしている。それが台風などの自然災害だけの欠航ならまだ百歩譲れたかもしれない。しかしタンカー衝突で、空港連絡橋が壊れたから無理というのがどうしても許せないのだ。

 キナは、どうにかしていける方法がないかと、出発の1週間前から刻一刻と状況を確認する。そしてあるタイミングで奇策を用いた。それは福岡発に切り替えてもらうこと。そしてそれは成功した。だから福岡まで何らかの方法で移動すれば香港、そしてボルネオ島コタキナバルには行ける。
 やがて第二ターミナルは運航が再開した。だから福岡までのチケットを購入する。そして予定通り関空からボルネオ島を目指した。

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 早朝のバスは連絡橋を低速で走る。連絡橋の車線は制限されていた。橋の途中に影が見える。大きな船が見えたから修理をしている最中か。

 こうして第二ターミナルに到着した。旅をするため毎年のように使っている空港。いつもならここで4Fに行き空港のカウンダーで搭乗券をもらい、そのあとは時間があれば2Fの食堂街に立ち寄って、出国手続きを行う。

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「去年は、第一ターミナル2Fの町家小路にある食堂で、ご飯食べて出発したのに」キナは第一ターミナルと比べて簡素なつくりである、第二ターミナルを眺めながら前回の旅路のことを頭に思い浮かべた。

 それに今回は出国手続きさえ行わない。関空からの移動はあくまで福岡行き。つまり国内線の移動に過ぎないのだ。ターミナル運んでいた、キナと同じようなことを考えている人もいるのだろう。やたら混雑している。でも時間に余裕があるし、かつ出国審査もない。その点いつもの関空で、近年急激に増えた、主に中華系のインバウンドで旅行に来る外国人たちでごった返している空港とは違う。

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「朝早くから混雑しているわね」時間は早朝の6時台。キナはひとり呟きながら、どう見ても簡素なつくりに見える第二ターミナルで搭乗券を引き換えた。それでも以前沖縄行きで利用したときよりは、店が増えている気がする。それでも簡素化した場所での暇つぶしは退屈だ。出国手続きもなく、ラウンジも見当たらない。時間までただ待機するしかないのだ。

 それに国内線だからぎりぎりまで時間がある。空いているソファーでキナは仮眠した。

 時間になったので、キナは立ち上がり搭乗口に向かう。いつもなら空港内のシャトルに乗って、やれ先端駅か途中駅かなどと考えながら乗るものであるが、今回はそんなものが一切ない。ただ歩いていくと目の前に飛行機が並んでいる。そして指定された飛行機に搭乗した。

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 こうして飛行機は福岡に向かって走り出す。だけど飛行機の中での動きに国内と国際の区別はない。滑走路までゆっくりと音を立てることなく移動し、いよいよ滑走路を目の前にすると、突然のジェット音が唸るような声を上げながら鳴り響く。

 そして呼応するかのように動き出す速度は、それまでとは違い、どんどん速度が上がる。座席の下から沸き起こる激しい揺れを感じながらターミナルの建物や待機している飛行機が高速で視界から消えていくかと思うと、今度は体が浮き上がる感覚だ。
 前方斜めになった機体は、そのまま関空から遥か上空に飛び立つ。すぐに海が見えた。ここで感じる後ろに引っ張られるような重圧、そして雲の中に入ったときに若干感じる小刻みな揺れ、いずれも国内・国際の区別などない。そして雲の上に出てしまえは、天空の世界の空中散歩。まさしく空の旅がスタートした。

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 ただ違うのは、フライト時間の長さ。本来なら香港まで3時間のはずが、1時間で福岡空港に到着した。

 キナこうして、関空からは国内線を使って福岡に午前中に到着した。福岡市内で昼食をとるなどして、午後3時に再び空港に戻る。ここでようやく出国手続きが行われた。そして香港には深夜到着となる。「香港で美味しいもの食べたかった。もう店が閉まっているわ!残念」と、キナは残念がる。確かに予定が狂ってしまったのだ。
 だがそのあと翌朝のお昼の便で向かう。この旅行の本番であったボルネオ島の旅程には影響がない。

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「ここか、のんびりした街ね。雨降っているのが残念。でも雨との雰囲気も不思議に会ってるわ」こうして到着したときに、小雨交じりのボルネオ島コタキナバルは、明らかにマレー半島側とは違っていた。
 都会ではあるが、どこかのどかな雰囲気がある。街もそれほど大きくない。それでも町の中心からすぐ目の前に見える海。小さな島がいくつも浮かんでいるのが見えた。そして夕方になれば、島に向かうボートが多くの人を待つ。そして各々自由に塗装を施した船は、猛スピードで対岸の島に向かう。

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 ここは市場である。朝から魚などの生鮮品が売られ周辺から地元の人が買い出しに来る。そして夕方になると野外のフードコートに変わった。「あ、深川さんですか。古田原です」「あ、古田原さん初めまして。ボルネオ島へようこそ」

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 ここでSNSを通じて知り合った現地在住の日本人女性、深川と合流したキナ。魚料理を提供する複数の店のうち、深川のおすすめのところに来た。キナは周囲を見渡す。地元の人も多く半分くらいの女性は、ヒジャブと呼ばれる頭からのかぶり物をしている。
「古田原さんどうしました」「あ、やっぱ無理よね」「無理って」「いや、せっかくのシーフードだから、ビールがあればなんて」「あ、大丈夫。あるわよ」そういうと深川は、現地語を駆使してスタッフを呼び、ビールを注文してくれた。
 イスラム国家のため、ほとんどの人はソフトドリンクを飲んでいる。だが中華系の人も一定数いるため、ビールを飲むことも許された。

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 大瓶できたビールをグラスに注ぎ、口に含める。いつもと同じ黄金色のビール。炭酸が口から喉にかけて良いあんばいに刺激を与えてくれる。味が違うのは海外ビールだからとかそういうことではない。曇っていたとしてもここは熱帯地域。無意識に暑さで体が火照っていたのだ。
 やがて目の前に調理された魚が運ばれてきた。現地風ににつけたものだろう。味に癖がなくサクサク食べられた。「しかしつい数時間前まで、このすぐ近くにある海で泳いでいた魚。見た目も味も思ったほど奇抜ではないわ」と頭の中で語りながらキナは魚とビールを存分に楽しんだ。
 ここでキナは、深川からボルネオ島のことをいろいろ教わる。そしておすすめも紹介してくれた。

 そのうちのひとつが、後日少し離れたところにある夕日の美しいタンジュン・アルというビーチに行ったことである。サバ州立博物館から歩いていくという無謀なことをしたけど、途中にバスもなくタクシーも見つからなかった。「もう少しつく。ガンバレ!」スマホでマップを確認し、そんなこと頭の中でつぶやきながら数キロの道のりを2時間近くかけて歩く。幸いにも曇りがちだったから暑さは大丈夫。

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 でもそれ以上に、夕日に間に合うか、ひやひやした。でもどうにか日の入り前に無事にビーチの前に到着。すでに多くの見物客の姿、そして泳いでいた人たちがいた。夕日なんて日本でも西の方向に開けていればみられるのに、気持ちの持ちようだろうか?コタキナバルの夕日は飛び切り美しい。
 キナはスマホで何枚も夕日を撮影した。
「この目の前の海で水平線のかなたには、遠くに日本や香港があるのね」そんな当たり前なことを、思わず考えてしまう。素敵な感動を与えてくれた。 

 ちなみに帰りは、ビーチに待機しているタクシーに乗って、無事に街中のホテルに戻ったことは言うまでもない。

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 今回の旅の旅程でで、キナは日曜日を挟んでおく。それは正解であった。日曜日にはサンデーマーケットが開催される。「いいわねこれ、来たときあんなに静かだった通りが、本当にお祭り騒ぎね」ごった返す人と店の人たちの活気で普段はのんびりしているイメージの高いコタキナバルのストリートが、喧騒の街に変わっている。
 キナは事前にしっかり深川から情報を得ていたので、ゆっくりと回りながら、お土産になりそうなものを物色した。

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 ボルネオ島滞在の途中、キナは日帰りでブルネイにも行く。おすすめのスポットは、先日食事を共にした深川から聞いておいたので、ずいぶん助かった。「国が違うと雰囲気が全然違うわね」キナはひとり呟きながら、限られた時間内で、博物館やモスク、そして水上生活者の家などをしっかりと見学する。さらに、観光スポットの中心部から外れたところにあるショッピングセンターは、彼女からの話を聞いていなかったら、行けなかったかもしれない。

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 東南アジア10か国の中でも最もマイナーで小さな国「ブルネイ」。キナはこの国の地に足を運んだことで、すべての東南アジア国家の入国を無事に果たした。
「でも、やっぱりコタキナバルのほうが好き」帰りのフライトの中、キナはそう頭の中に思い浮かべる。
 そのようなことがあったので、コタキナバルの滞在は限られたが、「もう一度くればいい」そう思うだけで十分だ。

「もう帰らないといけないけど、今回は思わぬおまけつきになったわ」キナは帰りの便でこの後の予定をどうするか考えた。どうやら関空への帰りの便もキャンセルになってしまったようだ。しかたなく香港経由でから福岡も経由するフライトに変更。ただ混雑しており、予定より2日遅れの帰国となってしまった。だけどここはプラス思考に考える。旅先から職場に連絡を入れ、シフトの変更を依頼した。

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「こういうとき、うちがブラックじゃなくてよかったと思うのよ」会社の業務がちょうど閑散期であることも幸いした。余っていた有給休暇の消費で、会社との話し合いは決着。そこで予定を変更して香港に到着したら、そのまま中国深圳にまで遊びに行った。
「香港と深圳は似て非なるものね」これがこの旅が延長になったことで滞在した二つの町に対するキナの結論である。
 そんな数か国の周遊はあわただしいが良き思い出。福岡で帰国の手続きを無事に終えると、夕方の関空行きまでの空いた時間少し街を散策した。

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「まさか福岡観光までもができるなんて本当に不思議な旅だったわ。もう少ししたから関空到着ね」
 国内線に乗り込み、夕空を見ながら暗くなっていたときには、無事関空に到着した。いつもなら、ここで帰国の手続きを行い。税関のチェックを経て初めて出口となる。

 だが今回はすでに福岡にて一連の手続きを終えている。だからそのまま機内から出たら荷物だけ引き取って、出口に出るというあっさりした終わり方だ。キナは不思議と物足りなささえ感じた。そしてこのときには、すでに鉄道も開通している。だから帰りはいつも通りに、空港駅から電車を使って戻るのだった。

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「良かったわ。ボルネオ島でも物足りないわ。もう一度行かないと」帰国の途中キナは早くももう一度ボルネオ島に行きたいと願った。こんど関空から出発するときはは第一ターミナルから、クアラルンプールかバンコク経由が良いのかもしれない。
 そして2回目に行くなら、1回目に行けなかったところに行こう。自然と一体化したサバ州立博物館は行くことができた。でも次行くなら、コタキナバルの町から車にのってのもう少し奥ジャングルの中まで入ってみたい。キナバル山にもっと近づいてもよさそうだ。確かボルネオ島には温泉もあるのだから。


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シリーズ 日々掌編短編小説 266

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