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大人になっても信じたサンタクロース

「私はね1958年12月23日に生まれたんですよ。何の日かわかりますか?」白髪交じりの宿泊客であった紳士が、チェックアウトの手続きをしている、川内智に話しかけた」「昨日がお誕生日だったんですね。おめでとうございます。で、その日は何が」ここで紳士は嬉しそうに胸を張る。
「実は東京タワーが竣工した日に生まれたんですよ」「左様でございましたか。あの東京タワーと同じ日に」

「だから12月23日は、東京タワー完工の日でもあるそうじゃ。私は毎年誕生日にホテルで宿泊するのが習慣。以前は祝日じゃったが、令和になって平日になったろ。おかげで宿泊料金も人も落ち着き、ずいぶん使いやすくなったもんじゃ」
「あ、そうですよ。2年前までは天皇誕生日ですね」智の声に満足げにうなづく紳士。
「それにしてもここは中々良いホテルじゃったよ」
「ありがとうございます」といってチェックアウトを終えた客は、智に背を向けると、軽快に杖をつきながらホテルを後にした。

「じゃあ、川内君お疲れさん。今晩もクリスマスで申し訳ないが頼む」「あ、支配人、僕は恋人いないので大丈夫です」「そうか、あとしっかり寝ておけよ」
「はい」悟はこの日の夜勤を終え家に戻る。

「今日はクリスマスイブか。なぜサンタクロースは、皆いないと決めつけるのだろう」20代半ばの智は、同じ年の誰もが何の疑問も持たない事実に、ひとり疑問をぶつけていた。
 彼は物理学の研究者を目指していたが、結局断念。現在はある町で、ビジネスホテルのフロントをしている。そして科学万能の時代に、なぜか彼はサンタクロースがいることを、かたくなに信じていた。

「見たことがないから、いないなんて決めつけるのはおかしい。昔の人間は地球が丸くて回転していることなんて知らなかったし、アインシュタインの特殊相対性理論も知らなかった。昔の非常識は今の常識なんてことは、科学の世界ではごく当たり前なのに」
 智はクリスマスが近づく11月も半ばになると毎年のようにこの疑問が頭をよぎった。中学生くらいになれば、ほとんどがサンタクロースは親がプレゼントを渡しているに過ぎないことを知り、それが当たり前になる。だが智はそれが納得できない。かといって周囲にこんな質問をしようものなら「お前頭大丈夫?」とバカにされるだけ。
 中学・高校の同級生や先生、大学の教授、そして職場のメンバーに至るまで、誰ひとりとしてこんな質問をしたところで、まともな答えなど帰ってこない。

「母さんは何も言わなかったのに」
 実は智の両親はすでにこの世にいない。生まれながら父の顔を知らない智は母の手ひとつで育てられた。
 そしてクリスマスになれば、母がプレゼントを枕元に置いていたと考えられるが、智は気づかないし、母も一切それをいわなかった。だがそれは小学生まで。なぜならば中一の夏に交通事故で母が突然死亡。

 それから叔父の家に預けられていた。それからも毎年クリスマスプレゼントはもらえたが、枕元ではなく、イブの日に直接叔父と叔母からもらっていた。そのときにサンタクロースを話をすると、叔父は見下すような目線で智を笑う。「ハハハハ! おい、お前まだそんなことを信じているのか? いるわけないじゃないか」と一蹴された。
 その頃にはすでに同級生のほとんどがサンタクロースのことを否定していたから普通ならそれで納得するものである。なぜか智は違っていた。「いつかサンタクロースが実在する事実がつかめるかもしれない」そんなことを頭に思い浮かべる。そしてそのまま大人に成長していった。

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 この日は12月24日クリスマスイブの日。智はこの日22時からの夜勤である。この日はクリスマスモードの雰囲気を味わいたいばかりに、少し早い目に家を出た。世間はイルミネーションが美しく輝き、恋人たちの姿が目立っている。
 また智同様クリぼっちだろうか? サンタクロースの恰好をしたアルバイトが、クリスマスのキャンペーンやセールのチラシを最後の商戦とばかりに配っていた。
「彼らが商売目的の偽者なんてのは解っている。でもそれとは違うんだ。純粋に子供たちにプレゼントを届けるサンタクロースとは」
 商売人サンタを見ながらひとりごとをつぶやいていた智であったが、この日は彼らが多くいる、メイン通りから離れた道を歩くことにした。するとふだんは、気にも留めていないあるものが智の目に入った。

「『教会のクリスマス礼拝。誰でも参加できます』か、そうか、クリスマスはキリスト教の祭りだったな。ひょっとしたらヒントがあるかもしれない。今日は早く出勤してよかった。中に入ってみよう」
 この日はクリスマス燈火礼拝の日。教会の中に入ると、信者らしい人と未信者と思われる若いカップルの姿が半々。何のゆかりもないのにひとりで来ていたのは、おそらく智だけだろう。
「これはクリぼっちという状況なのか。まあ、そんなのどうでもよい。大事なのはサンタクロースだ。終わったら教会の牧師?神父?前でキリストのことを延々としゃべっているあの人にに聞いてみよう」

 教会堂は薄暗く、ろうそくの照明が幻想的であった。そして礼拝は淡々と進められ、途中でクリスマスの讃美歌を歌っている。だが智はそのようなキリスト教の儀式に全く興味がない。早く儀式が終わってサンタクロースの質問をぶつけることしか頭になかった。
 ようやくすべての予定が終わり、出席者は教会を後にする。ここで智は前に、しゃべっていた牧師に声を掛けた。「すみません。初めてこの日参加させていただいたものです」
「あ、それはメリークリスマス。本日の礼拝はいかがでした」「いや実は質問があるのです」「質問、神を信じたのですか?」

智は首を横に振り「違います。サンタクロース。彼の実在性について」
「あ、サンタクロース。あれは、本来クリスマスとは直接関係ありません。クリスマスはイエス・キリストの誕生をお祝いする日です。すべての救世主の」牧師の説明を邪魔するように、智は強い語調で声を出した。
「いや!キリストはいいです。僕が知りたいのはサンタクロース。彼がクリスマスの主人公でないことは僕も知っています。ただ知りたいのは、あなたの立場としてですね、サンタクロースが実際にいるかどうか?」

「あ、はあ」「これを聞いたら笑うかもしれませんが、ぼくはこの年になってもサンタクロースはいると信じています。だってそう思いませんか? 地球が丸くて回転していることは目で見てもわかりません。でもそれは今は当たり前になっています」「なるほど」

「だから頭ごなしにサンタクロースはいないというのは違うと思う。ただ僕たちが、まだ発見していないだけでほんとうはいるのではと」「ほう」
「だから、キリスト教の関係者であるあなたのご意見を聞きたいのです」牧師はしばらく黙り込んだが、智を顔を見てゆっくりと答えた。
「わかりました。あなたの質問にお答えします。あなたが言っている疑問は、神がいるかいないかという疑問に似ていますね。科学万能の時代に神の存在など普通の人は信じません。でも私たちは神がいると信じています」「いや、神ではなく!」

「ええ、解っています。サンタクロースですね。サンタクロースがいるかどうかは、科学的にはわかりません。でもいると信じている人にはいます」
「ええ? どういうことですか」智は牧師に詰め寄った。「つまりあなたはサンタクロースがいると信じている。それはサンタクロースがいるのです。でも多くの人は信じていない。その人たちの前にはいないでしょう」
「... ...」
「それでよろしいではありませんが、信じる者だけが救われるのです。サンタクロースも信じる者の中にさえいればよい。いつか地球のことのようにその正体がわかるまでは」
「あ、ああ、なるほど、解りましたありがとうございます」智が頭を下げると牧師は「またいつでも教会に来てください。サンタクロースだけでなく、神様のお話もしましょう」
智は黙って教会を出る。「あ、急ごう」時計を見て、ホテルに小走りに向かった。
「さすがキリスト教会の人だ。そうかサンタクロースは物理的には存在しない。でも信じている人の心の中には存在する。そういうことか」
 このとき智にとって数年来の悩みことが、素敵なクリスマスプレゼントのように消えたかに見えた。

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「おい川内、こっちはひとりでできる。館内のチェックをしてくれ」
 夜勤はフロント業務はふたり制。宿泊客からの問い合わせがない限りは、暇である。だがほかにスタッフがいないので、定期的にホテル内を巡回する必要があった。この日は主任とふたりだったので、こういう意役回りは必然的に智に回る。

 智はエレベーターに乗り、最上階からホテル内を巡回した。最上階までくると、エレベータの隣に非常階段があり、屋上に通じる階段がある。「今日はクリスマスだし、少しくらい外の空気でも吸おうか」智は自然と階段に足をかけて一段ずつ昇った。上にはドアがありそれを開けると、突然外からの寒風が智に向けて吹き付ける。「寒い、やっぱり冷えるな」
 智は少しひるみながらも屋上に出た。この日は雲一つない天気。街中なので限界はあるが、主要な星空が夜空に光り輝いている。
「おお、星がきれいだなあ」このとき智は、出勤前に教会の牧師で聞いたことを思い出す。「あの時は納得したけど、どうも騙されたようだ。信じる者にだけ存在するって、地球が丸いことも、あの星空の正体が惑星、恒星、星団、星雲で構成されているのもわかっているのに、それは心の中ではないじゃないか!サンタクロースがいるかどうかの答えではない!」智は誰もいないことをいいことについつい大声で叫ぶ。

 するとその叫び声に何かが反応したのか、突然光が智方向に目指してくる。「な、何?」明らかにこっちに向かっていると知って、智は身構えた。やがてその光が物体を帯びている。「何かの列?」その正体が大きくなると智の口元が緩んだ。「まさか!」
 そのまさかであった。赤い鼻をしたトナカイを先頭に、数頭がそりを引いているではないか。さらにそのそりには赤い服装を身にまとった白髭の人物。「さ、サンタクロース。本当に!」智は信じていながらも、その正体を目の当たりにしたとき、思わず疑ってしまった。

 そりは、ホテルの屋上の前にくると、上空からゆっくりと降下してきた。そしてそりに乗っていたサンタクロースが、智のほうに視線を送る。
「君が、大人になってからも。私を信じている智君だね」「あ、は、はい」

「すばらしい。ピュアな子供たちは最初は私のことを信じていた。だけど子供が成長していくと、徐々に私の存在を『アリエナイ』の一言で片づけられる。まあ子供は常に生まれて成長するから、私の仕事がなくなることはない。だが昨年まで信じていた子が、次の年に信じなくなるということを知ると私はつらい」そう言うとサンタクロースは手を目元に置き涙を拭く。

「それを大人になるまで信じてくれる子がいるとは! これは神様の奇跡か、まるで私へのクリスマスプレゼントのようじゃ」サンタクロースは神を賛美するかのように両手を広げ顔を夜空に向けて叫んだ。
「あ、ありがとうございます」智は思わず礼を言って頭を下げる。サンタクロースは再び智のほうを向く。
「どうじゃ。これは大人になるまで信じた君への特別なプレゼントじゃ。そりに乗りなさい」「え、そ・そりに!」驚きのあまり目を開く智にサンタクロースは大きくうなづいた。

 智は言われるままにサンタクロースのそりに乗り込む。「君が座っている場所にはプレゼントを置いていたんじゃが。ちょうど配り終えたところじゃ」「ではこの白い布は」「そうプレゼントが入っておった。その上に腰かけても良いぞ」智はプレゼントが入っていた布の上に座る。
 そしてサンタクロースが合図を起こすとトナカイが動き出した。そのままホテルの屋上を飛び立つ。直後に冷たい風が智を覆う。無意識に全身に震えがある。だがそれは寒いからというものだけではない。本当にサンタクロースが現れただけでなく、サンタクロースのそりに今乗っている。その感動が体に電気のようなものを走らせているのだ。これは「夢かもしれない」と思った。でも智は「覚めないでほしい」と願う。

 町の上空を豪快に飛ぶ、そりの乗り心地は不思議なもの。寒さとスリルが入り混じった奇妙な感覚。夜景はきれいだが、それを楽しむ余裕はない。街の上空を数周旋回したソリは時間は5分ほど。でも智にとっては遥かに長い時間に感じた。

 再びホテルの屋上に戻り、そりを降りた智。
「ありがとう。今日のことを言えば、君はみんなに笑われるかもしれない。だが、ずっと私のことを信じてくれ。私は不滅だ」サンタクロースが笑顔で話しかける。智は子供のような気持ちで、「ありがとう」と大声で叫ぶように言い両手を大きく伸ばして手を振った。サンタクロースが大空に戻るのを、姿が見えなくなるまで見送る。

「本当にいたんだサンタクロース。心の中ではなく実際に」智はようやくすべての疑問が解けていくのを感覚でつかむ。
 数分間の余韻を味わったが、ふと我に返る。
「あ、そろそろ戻ろう。主任に怒られる」現実に戻りながらも、心の中は晴れやかな智であった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 338

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