見出し画像

サンタクロースと呼ばれた男の物語

「しかし、まだ俺3年目なのに、この案件させるかぁ」時空屋の技術員ギャフィーは、次のターゲットを見て頭を抱えた。
 ここは西暦3000年代の世界。人類は100年前にタイムトラベル技術の実用化に成功した。そして試行錯誤の上、40年前に設立されたのが、「時空エンターテーメント公社」で通称・時空屋。
 国営企業であるが、タイムトラベル技術を使い過去に技術員を派遣。偉人の伝説が間違いないかをチェックするとともに、あいまいな点は技術員が偉人のサポートするという任務を負っている。

「これ、今でもこの時期最大の人気者。まあ俺の成績は社内で常にトップ5以内に入っているからだとは思うが、この人の担当はちょっと重いぞ」
 そういいながらも指定された時代に、専用のタイムマシーンに乗り込みタイムワープの準備をするギャフィー。
 その相手とはニコラオスという。彼はトルコの地中海から山間に向かう途中にこの当時存在したミラ(ミュラ)と言う町がある。この町の教会で、司祭(神父)を行っている男であった。

「西暦300年代で12月6日がこの人の命日か、でも俺的には「音の日」なんだよな。トーマスエジソンが1877年に錫箔蓄音機「フォノグラフ」を発明した日が、12月6日と聞いた。オーディオマニアならみんなが知っている記念日だ。まあいい。とっとと仕事を済ませて、3000年代に戻ったら、今のハイパーミュージックを楽しもう」と独り言をつぶやくと発射の時間。
 すでに何度も時空を旅しているギャフィーは操作に慣れている。とはいえこの瞬間は緊張した。何しろ年々減少しているとはいえ、二度と戻ってこない技術員が稀にいる。何らかの理由で戻れない場合は救助メンバーがその時代に飛んで助けることもあった。だがそれすら手掛かりがつかめないと、全く未知の時代に飛ばされ、そのまま消息を絶つこともありうるのだ。

 だからギャフィーはいったん深呼吸をして、「今回もたのむよ。キュルキュル号」といって、発射ボタンを押す。タイムマシーンは大きく動き出すと、マシーンを置いてある工場のような風景から、突然映し出されるのが幾何学模様の異空間。この空間を突破した先が指定された時代に到達する。ちなみに、キュルキュル号とはギャフィーが勝手に命名した名前で、時空を移動中に「キュルキュル」と音が鳴るからと言う理由であった。

----

 数分後にタイムマシーンは空間を突破し、指定された時代に到着した。「よし到着したぞ」ギャフィーは、すでにいろんな時代を旅しているので、時代時代によって風景が違うことは慣れている。
「来る前に当時の服装にも着替えたから大丈夫だろう。しかしあのエジソンよりも1500年以上古いのか。遥か過去だ」
 タイムマシンを降りるギャフィー。町はずれの空き家の中にタイムマシーンが止まっている。空き家から外に出るとミラの町になっていた。「古代のローマ帝国領内か。この時代に来たのは半年ぶりだな」
 タイムマシーンはあらかじめターゲットとなる人物の至近距離を計算して到着する。だから歩いていると自然と見つかるもの。外見こそ当時の服装だが、その中には専用の服を着用しており、内蔵されたセンサーで位置関係を把握する。さらにターゲットに遭遇しやすくなっていた。

 ところがギャフィーは、ひとつ大きなミスをしていて、まだ気づいていない。実は3000年代のひとは就寝時以外は帽子をかぶるのがマナーである。それを取るのをを忘れてしまった。それもクリスマス前と言うことで白い帯の上が赤く、円錐の形をしていてその先端に白い丸がついた帽子。この当時もサンタクロースは人気者で、それをイメージできる帽子をかぶっていたのだ。

 そんなことも知らないギャフィー。やがて目の前から歩いてくる人物にセンサーが反応する。
「くそ、あの異端アリウスめ、勝手に神の教えを解釈しおって、今度会ったら絶対殴ってやる。でもまだまだ貧困が絶えない。神様はどうして苦難を与えるのだろうか。先日も誘拐されて肉屋にミンチにされかけた貧困の子どもたちを救ったかと思うと、今度は娘たちが売られようとはな」と悲痛の表情で愚痴をこぼしながら歩いている、彼こそがギャフィーの探していたニコラオスであった。

「あのう、ニコラオスさんですか」ギャフィーは優秀な技術員。見つけると相手の反応無関係に懐に入る。いきなり親しく話しかけた。
「あ、いかにも私がこの地域の教会の司祭であるニコラオスであるが、どなたじゃったかのう」
「あ、僕はですね。ニコラオスさんの手助け」とギャフィーが自己紹介をする最中に黄色い大声を出す女の子の声。「あの帽子欲しい!」

 声のほうに振り返ると、見た目からして裕福そうないでたちの親子がいた。こぎれいな服を着た女の子は、20~21世紀の世界でいうところの小学生くらいであろうか?ギャッフィーのほうを指さして「あれ欲しい!」という。
すると、父親が来て、まずニコラオスのほうに頭を下げる「これは司祭様。明日からしばらくお出かけをされるとお伺いしましたが」

「そう、明日から出発じゃ。聖地エルサレムへ巡業の旅に行ってくる、私のいない間、助祭がいるし、あと司教様が巡回に来てくれるじゃろう。日曜日の礼拝は今まで通りじゃ」
「それはそれは、私めも聖地には一度は行ってみたいものです。司祭様に神のご加護がありますように」「ねえ、あれ!」子供がしつこくギャフィーの帽子を指さす。「しょうがないな。ちょっと待ってくれ。あのう、司祭様のお隣の方は見知らぬ顔ですが、遥か東方から来られたのでしょうか?」

「え、あ、ぼ、僕ですか」「はい、私も砂漠の向こうにある東方の商人と商売をやっておるものでございます」父親の言う東方とは、中国のことであった。このころのリアルタイムの中国は、ちょうど三国志の英雄が活躍する三国時代。しかしその前は長く「漢」と言う王国があり、トルコのこの地域とはシルクロードで通じていた。

「実は娘が、かぶっておられる帽子がどうしても欲しいとわがままを申しまして」「え、帽子?」この時ようやくギャフィーが帽子をかぶっていることを思い出す。そして帽子を取った。「あちゃーこれサンタの帽子をかぶったまま来ちゃったよ」と頭の中でつぶやく。
「ああ、あれ欲しい!」娘は父親の服をつかんでさらにアピール。
「もちろん、しっかりお代をば」 父親はそう言うと金貨を5枚取り出し「こちらでいかがでございましょうか?」
 ギャフィーそれを見て内心驚く「これ本当に安い、〇均で買ったのに金貨と交換で本当にいいのかなあ」
 そのとき強い視線を感じたので、そのほうを見ると、ニコラオスの表情が真剣に金貨を見ている。「何かあの金貨と関係があるのかもしれない。なら」何かを確信したギャフィーは、「あ、娘さんこれ本当に欲しそうですし、いいですよ」と言って帽子を娘に渡すと、娘は満面の笑みを浮かべ「わぁーい」と喜び。帽子をかぶって飛び跳ねる。

 父親はにこやかに「ありがとうございます」と言って、金貨5枚をギャフィーに手渡す。そして親子は立ち去った。
「あ、これが西暦300年代の金貨か」ギャフィーは物珍しそうに金貨を眺めている。その横でため息をつくニコラオス。
「あの人たちはこの街でも指折りの金持ちじゃ。だが私はあの人達ではなくもっと貧しい子供たちを救いたんじゃが、司祭と言う立場でできることは限られている」

「ニコラオスさん!あの、僕あなたのお力になればと思っています」ギャフィーはターゲットになる偉人の手助けと言う使命を果たすために、ニコラオスの相談にのる。
「ならばひとつお願いがあるんじゃが、その金貨をしばらく借りたいんじゃ」「これをですか。あの、明日からエルサレムに行くための渡航費?」しかニコラオスは首を横に振った。
「ではない、実は神に敬虔な貧しいファミリーがいて、3人の娘がいる」「はい」「ところが彼らは本当に貧困で、ついにその娘を身売りに出すことになったというんじゃ」「それは!」

「それで私なりにお金をかき集めて、一昨日と昨日の夜中に金貨を投げてやった。その額でどうやらふたりの娘は身売りに出す必要はなくなった」

「しかし、あとひとりですか」ニコラオスはうなづく。
「そう、できれば三人とも救いたい。だが、それにはあと金貨が3枚分足りないんじゃ。私がエルサレム巡礼に行くのをやめれば、そのお金が確保できるのだが、聖地へは一生に一度行けるかどうかじゃからな。こればかりは真剣に困っておったんじゃ」

「あ、それで!」「厚かましいことではあるが、そういうことなんじゃ。もちろんお返しする。いつになるかわからないが必ずだ」
 ギャフィーはこのときに派遣された理由が分かった。
「わかりました。ぜひこの金貨お使いください。それから今晩、僕も手伝います」「本当か君。いきなりお会いしたのに、本当に素晴らしい。神の祝福がありますぞ」

ーーーー

この日の夜、ニコラオスとギャフィーは貧しいファミリーの家の前に来た。「はい、では3枚」とギャフィーは、金貨5枚をポケットから取り出した。「あ、4枚渡します。5枚のうち1枚はどうしても僕の手元で。3枚がこのファミリーで、残りの1枚は、ニコラオスさんにお渡しします」
「なんと!本当に良いのか」ギャフィーは大きくうなづく。

 4枚の金貨を受け取ったニコラオスは、おととい昨日同様に、家の中にあった暖炉に干してあった靴下を見つける。そして「神のご加護がありますように」と一言祈るようにつぶやくと、4枚の金貨をその中に入れた。

「え!3枚では」「わかっておる。じゃが私には不要なお金。ならばこのファミリーの生活の足しにしてあげるのが良いのじゃ。
「なんてすばらしい方だ」
「急ごう、家の人に見らるぞ」ニコラオスにそういわれ、慌ててふたりは外に出る。
 ところがいつもと違いふたりで来たために物音がした。そして家の主がそれに気づく。「一体誰だ。あ、2日連続金貨を入れてくれた人だ!」家の主は、あわてて暖炉のほうにむかった。するとニコラオスとギャフィーが大急ぎで外に出る姿を見る。その瞬間顔色が変わった。「し、司祭様... ...」

 そのことは知らずに家を出て街の中に戻ったふたり。「ありがとう、これで私は安心して明日から旅立てる。そして念願の聖地エルサレム巡礼じゃ」
 このとき初めてニコラオスの口元が緩み笑顔になった。
「そうか、あそこは今でも聖地と呼ばれているもんな。聖地っていつの時代もそうなんだ」ギャフィーは頭の中でそうつぶやいた。

「あ、もしかだが、あなた様は神の御使いですか」「え、いえ、ああ、そのあたりはご想像に」「いや、間違いない。神様がお使わされたんじゃ。あのファミリーの娘たちが身売りをせずに済み、私も無事に聖地に行ける。やっぱり神様はおられるのだ。ああ素晴らしいことを!」ニコラオスは間もなく夜が明けようとする夜空に顔を向けて、両手を開き神を賛美した。
「あ、では僕はこれで」「おお、ありがとう。み使い様。私が旅立った後もこの町をお守りください」
 それを聞きながらニコラオスに手を振るギャフィー。そのまま町はずれの空き家に入ると、タイムマシーンに乗り込んだ。

「ニコラオスさん、やっぱりいい人だった。そうか靴下に入れるプレゼントの伝説がそういうことなのか。いやあ間違えて持ってきた帽子も役立ったし、久しぶりに楽しい仕事だった。俺のことを神の使い・天使と思ってくれたし」
 任務によってはつらいことも多い中で、今日は本当に楽しそうなギャフィー。思わず鼻歌を歌いたくなる。
「あの人はこの後大主教になるんだけど、ローマ皇帝の迫害に会って捕らえられて幽閉されちゃうんだよな。でもこれに介入は出来ない。やったら時代がおかしくなる。そして12月6日に死亡し、この日は聖ニコラオスの日となるのか」
 ギャッフィーは準備をしながらつぶやく。「そして手元には1枚の金貨。「これは記念にもらっとこう」と嬉しそうにポケットにしまうと、発射のボタンを押す。タイムマシーンは上下に激しく動き「キュルキュル」と音を鳴らすと、突然目の前の景色が変わり、西暦3000年の世界に帰って行った。

 そして、ギャフィーが帽子を売った金貨を使い、ニコラオスが金を配ったことは、ファミリーの主から街中に広まる。やがて彼の行いが神格化。
 前日夜に靴下や靴の中にプレゼントをもらう習慣につながる。その後彼は、オランダのシンタクラースを経て、サンタクロースという名で世界中の有名人になるのだった。


こちらの企画に飛び入りで参加してみました。

こちらもよろしくお願いします。(クリスマスアドベントカレンダー5日目)

クリスマスアドベントカレンダーはしばらく空席が続くので私が代行します。(もちろん飛び入り参加は大歓迎)

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 320

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #サンタクロース #聖ニコラオスの日 #シンタクラース #時空屋ギャフィー #12月6日 #音の日



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?