精神科医療について思うこと(1)

先日NHKで放映された「死亡退院」がSNSで様々の話題になっている。
 
精神科医を名乗る匿名アカウントからも、そうじゃないアカウントからも。
 
精神科医を名乗るアカウントが、「専門的な身体的治療ができない」まま、精神疾患を理由に入院を続けられる医療機関の存在を「必要悪」として容認するのを、個人的には容認できない。
 
もちろん現状は、その「必要悪」を認めざるを得ないほど、精神科の医療機関での身体的治療は劣悪である。
 
「必要悪」という言葉にも思うところはあるが、その認識の主体が、医療者である以上、劣悪さを肯定する心情は、既に医療者としては容認できない。
 
ヒポクラテスの誓い(*1)にすら反している。
 
外科的対応などの医療者の技術や、人工呼吸器など医療器具不足のような、ハードウェアの問題は確かに解決は困難であろう。
 
だが、医療の連携や、場合によっては医療者自らの技量の向上など、不可能とは言えない「壁」を、我々精神科に属する医療者は、認識していたにも関わらず、多くは静観していたのではないか。
 
総合診療科や総合内科など、患者さんの心身を総合的に診療する方向性を求める声がますます大きくなっており、身体疾患を診ている医師からも「精神症状」についての書籍がポツリポツリではあるが、増えてきている。
 
では精神科側はどうだろうか。
 
もちろん同程度に劣悪な身体的治療を行う精神科以外の医療機関はあるだろうが、私の知る限り、それは勿論、当該診療科目全体の状況ではなく、ごく一部の医療機関が劣悪だと言えよう。そしてその「中の人」たちは、自らの属する診療科の評判を汚さないよう、言い替えれば、当該診療科目の医療者自身のプライドを護るために、劣悪な医療機関や医療者を十分に批判し、その上で自らの弁明を述べる。
 
一方、私が見る限り、精神科は事情が異なる。
 
批判された精神科病院が、あたかも投稿主自身の勤務先であるかのように、批判された医療機関の弁明や擁護を積極的に投稿してしまっている。

自らの、あるいは自らに関連する領域についての、適正な言動や判断と、関われる範囲(限界)の認識、さらに限界を超えた場合の対処などを理解してこそ、専門的な対処ができると思うが、精神科の医療者として、自らの言動や対処が「医療」であり、その上で「精神医療」であるのかについて、日頃から自問自答を続けなければいけないと感じている。

医療者自身も、時に医療を利用する当事者になるのだという認識もまた重要で、医療者の視点と当事者の視点の両方をバランス良く身の付けることで、いわゆる世論からの乖離を最小限に抑えられるだろうし、いわゆる自浄作用が働くのだと考える。
 
そのバランスの点で言えば、「精神科医療には自浄作用が期待できない」という「風評」がまことしやかに言われてしまうのも致し方ない。
 
さて、精神科の医療機関で、専門的な(時には一般的な)身体的治療を受けにくい原因と、その背景と思われる要因を幾つか、箇条書きであげてみる。
 
1.当事者本人とのコミュニケーションの「難しさ」
・混乱した中での初診時は自分の困り事を上手く言葉にできない。同居家族もその点では同様。
・そのため医療者側は、特に即断を迫られる場面では、状況の把握や当事者・家族以外の関係者からの情報に基づく判断を優先しがちになってしまう。
・医療者自身の判断の適否を振り返ることが可能な段階で、医療者同士での意見交換ある程度行うが、当事者や家族からの忌憚のない意見を伺う事が難しくなっている。
 
2.研修制度
・自らの志向する診療科だけを学ぶ「ストレート研修」が主流だった時代に、研修を受けた精神科医が、現在は指導医の立場に少なくない。そのため、精神症状の背後に潜む身体的要因の評価も、ごく一般的な身体的症状の評価を、より若手の精神科医に伝授できない。
・新研修医制度では、複数の診療科目を研修することになったので、ストレート研修よりは改善されたが、たかだか数ヶ月程度の研修では、焼け石に水なのは明らかで、場合によっては苦手意識を植えつけるだけの可能性も比叡できない。
 
3.精神科特例
・「精神科病棟に配置する医者・看護師は、一般の病棟より少なくて良い」という制度。第二額戦後、戦争の賠償金などで極端に貧困な状態に陥った国が、それでも精神科病院を増やすための苦肉の(?)策として打ち出したが、高度経済成長期にも見直されることがないまま、劣悪な医療環境(同時に労働環境も)を維持し続けている。
・診療報酬も抑制されている
 
4.薄利多売の保健医療制度
・国民皆保険制度という、世界でも類を見ない優れた医療政策は、貧富の差にかかわらず医療へのアクセスを良好に保ってきた。
・その根幹には、「医療行為に対しての公定価格の設定」と、均一な医療の提供の両輪だった。
・外科などをはじめとした、物理的な「医療行為」を評価できる診療科目では、相応の公定価格を設定できるが、投薬の他には「対話」という「治療行為」しかない精神科では、内科で言う「外来管理料」に相当する「(通院/在宅/入院)精神療法」という医療行為を創設する以外に評価ができなかった。
・世間的に言う「精神療法/心理療法」は、保険診療用語の精神療法とは全く異なることを忘れてはならない。
・保険診療でいう各種の「精神療法」は、診察時間の長さによって評価が分かれるが、一部の例外を除いて、30分で評価額が分かれている。
・時間による評価は一見適切に思えるが、どの程度の内容なのかにも依る。それこそ慣れてない精神科医であれば、不必要に時間がかかるかもしれないし、逆に手慣れていれば短時間で充分な話(診察)できるかもしれない。
・また極めてふしぎな事に、精神保健指定医の有無によって、評価額が異なる。
・精神保健指定医は、非自発的医療の必要性を判断する資格を持っているが、診察の上手・下手とは一切関わりの無い資格なので、診察の質に違いが出るわけではない。
・ちなみに、2024年度時点では、診察時間が60分を越えた場合でも、医療機関の収入は5000円程(窓口での支払いは保険診療の3割負担で1500円前後)度でしかないため、勤務する職員が多い場合には、彼らの生活を護るために、薄利多売を追及せざるを得ないことになりかねない。
・なお、S.フロイトが創設した精神分析療法だけが、「標準的精神分析療法」と言う名称で保険診療として許容されているだけである。
 
5.診療報酬の改定
・医療費の抑制が国是になって、適切かつ丁寧な医療が死滅しかけている。
・適切で新しい医療行為を広めるためには、その医療行為の評価額を高くすることが、手っ取り早いが、「財源が限られている」とする国は、医療費の総額を大きく変えないために、他の医療行為の評価額を低くする。
・その一端が、医薬品の評価額(薬価)の引き下げであるが、広く行われている医療行為の評価額も、減額されている。
・後発薬の4割、製造販売承認書と相違 自主点検で判明(*2)
・後発薬の普及計画表を改定 厚労省、販売金額で65%目標(*3)
 
6.専門医制度
・学会による「認定医制度」を専門医機構が引き継いだ形で「専門医」制度を設けたが、当初からその主要な目的は「専門的な知識と技術を持った医師の要請」ではなく、都市部に集中している医師を、医師の少ない地域に分散させる意図があった。
・つまり「地域における専門医数」を制限することで、専門医を均等に分散させる事が目的だった。
・後述の病院の統廃合に加えて、新規の開業についても制限を設ける考えを国は表明した。つまり同じ診療科目の開業医が集中している地域での新規開業は、医師の少ない地域で一定期間の勤務経験を持たない場合には認めないとした。
・企業に勤めている場合、従来、転勤は断ることが難しかったが、最近はそういった強制力を失いつつあるが、今さら医師に対して、国が主導で「転勤」を命じる形になる。
・医師が独身であれば、あるいは容認できるだろが、家族を持っている場合、医師本人の意向だけで居住地を帰ることは決められない。各種生活や学習に必要な施設などが十分ではないと思われる地域への転居を、医師の家族が良しとするか否かは、国が制御できるものではない。働き方改革が充分に浸透し、医師自身が自らの健康を維持できるほどの労働環境が実現しなければ、単身で赴任は医師自身の健康を損ねることになりかねず、それは即ち、地域の医療の担い手を失うことになる事を忘れてはならない。
 
7.医療機関(病院)の統廃合
・病院(全診療科)で進行中だが、その内容は「類似した医療を担っている医療機関が、地域に複数存在する場合、いずれかを廃止するというものだ。
・これは受診者に対して、医療機関へのフリーアクセスを保証している保健医療制度の否定になりかねない。
・同時に、統廃合された医療機関に勤務している医療者が、勤務先を失うという問題と、残った医療機関受診者が集中することで診療がパンクする可能性も孕んでいる。
 
8.医療機関の運営母体
・精神科特例の項目でも述べたが、収容施設としての精神科病院の増設を急いだため、私立の精神科病院の設立が容易になる制度(精神病院法)を創設した。その結果、先進国では珍しく日本の精神科病院は多くが私立である。
・私立の施設ということは、いわゆる企業であり、利益追求を第一の目的になるのは致し方ない。そのため、利益の追求を優先してはいけないという医療機関の論理はあるものの、利益「も」重視される実情は無視できない。

9.医療機関廃業ラッシュ
・医療機関の廃業が2023年度は、過去10年間で最も多かった(*4)。
・患者さんが減っていることも1つの要因であろう(*5)、
 
文献
1:ヒポクラテスの誓い
 https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒポクラテスの誓い

2:後発薬の4割、製造販売承認書と相違 自主点検で判明
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA261US0W4A121C2000000/

2024年11月26日の記事。下記にそのまま転載する。

厚生労働省が今春、メーカー各社に自主点検を求めていた
日本製薬団体連合会(日薬連)はこのほど、後発薬(ジェネリック医薬品)を取り扱う全172社による自主点検の結果を公表した。対象品目の4割で、製造や品質検査について定めた書類との相違が見つかった。回収の検討が必要な「重大な相違」はなかった。
厚生労働省が今春、後発薬の製造販売承認を持つ全ての事業者に対し、自主点検の実施を求めていた。点検対象の8734品目のうち、3796品目(43.5%)で承認書との相違があった。原材料を一度に全て投入するところ、実際には少量ずつ分けて投入していた。添加物名の「ビ」と「ピ」の記載ミスなどもあった。
日薬連は相違があったメーカーに対し、必要な対応を速やかにとるよう要請した。今後は再発防止の取り組みに関する実態調査も予定する。

3:後発薬の普及計画表を改定 厚労省、販売金額で65%目標
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA303YV0Q4A930C2000000/

2024年9月30日の記事。下記にそのまま転載する。

厚生労働省は30日、後発薬(ジェネリック医薬品)の普及拡大に向けた計画表の改定版を公表した。2029年度末までに販売金額のシェアを65%以上とする目標を新たに盛り込んだ。23年の調査時点ではおよそ57%だった。
販売数量では全都道府県で80%以上とする目標もかかげた。21年度のデータによると、80%以上に達しているのは29道県だった。
目標達成への取り組みとして、後発薬が存在する先発薬について、患者の窓口負担を増やす取り組みを10月から始めることなどを盛り込んだ。
バイオシミラーと呼ぶバイオ医薬品の後発薬にも普及目標を新たに定めた。バイオシミラーが80%以上を占める成分の数を、全体の成分数の60%以上にする。
厚労省は13年に後発薬の普及に向けた計画表を策定した。改定は9月30日に開いた社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の医療保険部会で報告した。

4: Facebookに投稿された記事。
https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=3087497931389026&id=100003865476291&mibextid=WC7FNe&rdid=eVmBzIwzmoryOW4W
 
以下にそのまま転載。

 医療機関の「廃業ラッシュ」が加速。2023年度の休廃業、解散が709件で、過去最多の19年度561件を大きく上回りました。
 マイナ保険証が引き金を引いたと思う。廃業の理由では、「マイナ導入のコスト負担」が過半数で、「情報漏洩の心配」「対応スタッフがいない」などが上がっています。

5:患者が減っていることを受けとめなければ
https://x.com/iryokaigodb/status/1863567582621753582?s=12

2024年12月2日、「X」の記事。以下にそのまま転載。

 高齢化で患者が増えると思っていると痛い目をみてしまいますね 外来患者も、入院患者も減っています!

上記図表の出典は「令和5(2023)年医療施設(静態・動態)調査・病院報告」
 https://mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/23/

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