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玉名の紹介2

まずは今年を振り返って

3年の杉本です.
半年ぶりにnote担当が回ってきました.
京都の清水寺では毎年恒例の”今年の漢字”も発表され,いつのまにか2023年も幕を閉じようとしています.今年は,有明高専から熊大陸上部へと走る場所が大きく変わりました.自己ベストの更新はもとより,思うように体力が戻らず苦しい練習が続きました.ジョグばかりの練習がほとんどで,ポイントとジョグのバランスが取れなかったことが,今年思うように走れなかった原因であると考えています.冬季は来年の島原駅伝に向けて,出走メンバー入りを目指して,気持ちを新たに取り組んでゆきたいと思います.

今年の漢字

さて,今月12日に発表された”2023年今年の漢字”は,
「税」
でした.
個人的に私が予想していた漢字は「明」だったので,発表された字が思っていたよりも暗い印象で少し残念に感じてしまいました.しかし,改めて身の回りを考えてみると,まぁたしかに”税”かなと納得した部分もあります.
それは,私の中学からの親友で「米野」という男がいるのですが,今年から住民税,所得税...に苦しんでいるのです.ただ単に働きすぎ,稼ぎすぎですね.
住民税や所得税は市町村に納めます.彼は”玉名”に住んでいますので,”玉名市”に納めることになりますね.そこで,”玉名”という括りに疑問を持つ方がいると思います.また,先日投稿された河野さんのnoteで私について紹介をしていただいたのですが,ここで私の出身が「岱明」となっていました.

河野さん作成『熊本大学選手名鑑』.
すぎモンの出身は玉名?岱明?

私は過去にnoteで出身の玉名市を紹介しています.そのため,過去のnoteを見られた方は,私の出身がいきなり岱明と記載され,引っ越したのか?岱明って玉名なの?という疑問が湧き始めます.熊大陸上部長ブロ2023には,玉名市からきている部員が私含め4名在籍していますが,中学校はそれぞれ,「有明中」,「玉名中」,「岱明中」,「玉陵中」と分かれています.選手名鑑紹介されている部員は,「有明中」,「玉名中」,「玉陵中」出身なのですが選手名鑑では,「玉名」,「岱明」,「玉名」と記載があります.ちなみに私は「玉名中」出身です.ん?ってことは岱明ってどこ?本当はどこ出身?玉名と岱明のちがいって?...などなど疑問は無限に湧き出てくると思います.
そこで,みなさんの疑問を解決するべく今回は,玉名市の玉名って?について考えていきます.そして,玉名出身である私の親友について紹介して,もっと玉名のことを知っていただければと思います.親友はみなさんとおなじ熊大生なので仲良くしてくださいね.

玉名市の玉名って?

結論から申し上げますと,私の出身は「玉名」です.「岱明」ではありません.玉名市の中で出身を区別する時は,基本的に中学校単位で区別します.玉名市にある中学校は,北から「玉陵中」,「玉名中」,「岱明中」,「玉南中」,「有明中」,「天水中」,「玉高附属中」の7つであり,中学受験をして入学する「玉高付属中」は県立です.玉名市で出身を区別する時は,「○○中」の○○だけをとって会話していますので,私は「玉名」出身になります.中学校単位でみれば,選手名鑑で掲載された他の2人は,玉名市「有明」,玉名市「玉陵」出身ということになります.ですから,広い意味でいえば3人とも「玉名」なのです.これで,疑問は解決ですね.ちなみに,名鑑には掲載されていませんが1年の岩本浩二くんは「岱明」出身です.こちらが本物の「岱明」です.
位置関係は以下のようになっています.

玉名市の中学校googleマップより

地図を見てみると,現在の玉名市は,2005年に岱明町,横島町,天水町と対等合併しているので,かなり広大な土地となっています.JR玉名駅があるのは「玉名中」,大野下駅があるのは「岱明中」,肥後伊倉駅があるのは「玉南中」,また新幹線の駅で新玉名駅のすぐ目の前に「玉陵中」があるのが分かります.「有明中」と「天水中」は中心部から比較的離れており,熊本市側に位置していますね.
ということで,玉名市の全体的な紹介はここで終えて,玉名の紹介に移りたいと思います.

米野寿真(こめのかずま)

今回は,玉名の紹介と題しまして私の親友である米野寿真くんを紹介します.今年の漢字「税」にぴったりな彼は,中学の陸上部で知り合い,高校は別々,今年から大学で一緒になった,同じバイト先に今年で6年目を務めあげようとしている親友です.しかし,熊大は教育学部で中等専門は英語です.よって,大学で会うことはほとんどありません.

彼の特技はどこでも寝れるところです.

大学生になってヤニの人間となり,走ることをやめた彼ですが,中学の頃は誰よりも大きな成長を見せてきました.彼の中学時代は,「継続は力なり」という恩師の言葉なしに語ることはできません.今回はそんな陸上一筋中学時代の米野寿真を紹介していきます.

何も知らない陸上に飛び込み,駅伝の楽しさを学んだ2年間:

小学生まで少年野球で日々全身を焼いて真っ黒な体を作り,次はテニス部だと意気込んでいた彼ですが,小学校が同じ友達から陸上部に入ろうと誘いを受け陸上部長距離に入部しました.中学のデビュー戦である5月の荒尾市記録会では,1500m5分半という結果で,陸上について何も全く知らなかったそのころは,当時の1年生の中では目立たず練習では引っ張られる側でした.「伸びしろしかないわ」と恩師から励まされながら,1年間を過ごしていきます.2年生になって,ようやく1500mを一つの目安である5分をきって,本人に「スピード」がないということがわかったことから,専攻種目は1500mから3000mへと移行していきます.2年の中体連陸上から3000mに選出され,チームとしては力足らずで県に行くことはできなかったのですが,荒尾玉名中体連駅伝では5区3kmの区間賞を獲得しました.駅伝も終わり,2年生の中でも誰が主将になるのかソワソワしていたころ,11月の終わりに玉名市民健康マラソンが横島で開催されます.しかし,それまでに主将が決まっておらず,話し合いの結果,彼は開会式での選手宣誓の役目を授かりました.そこで当日彼は見事な選手宣誓を終え,最後に名を名乗るのですが,「玉名中学校陸上部主将米野寿真」と大きく宣誓したのです.これがきっかけで一年間の主将が決まった珍しいチームは他にないと思われますが,恩師も「主将て言うたやろ!」と軽いノリで決まるくらいチームの雰囲気は偏りがなく,とても和やかで,ワイワイガヤガヤでした.これをきっかけにかどうかわかりませんが,世代が変わって2年生最後の大牟田で開催される西日本駅伝では,3区のインターナショナル区間をチームの中で勝ち取り,3.9kmを13分04秒で区間6位の走りをみせました.チームとしても4位の好成績で彼の勢いはここから始まっていきます.

3年に進級.6月で中体連駅伝1区が決まる:


この結果は新聞にも掲載され,先生たちの中で一躍有名人となりました.

さて,3年生に進級しました.この一年は,語り始めると終わりが見えなくなります.2年生の中体連駅伝も終わり,チームの目標は,これまでより高く県中体連駅伝優勝が掲げられます.駅伝に向けた目標は全員が3000m9分30で走れるようになることでした.4月の一発目に開催される金栗記念では,私が9分30秒80で8位,岩本が9分31秒47で14位とチームに勢いがつき始めます.そんな中彼は,6月の全日本予選会でなんと9分11秒28のタイムをたたき出し,県で2位の走りを見せたのです!ここで,チームの中での大きな番狂わせが起きてしまいました.チームとしては,県で7位に境田が9分25秒,そして10位に野田が9分30秒で二人は自己ベストを更新.私は15位で9分37秒でした.その日の夜,米野父は恩師から飲みへと古都に呼ばれ,「1区は寿真に走らせる」という恩師の一言で,駅伝に向けた気持ちが更に強くなっていきます.
夏の練習を終えて,一回り黒くなった彼ですが,秋になると勢いは止まりません.郡市中体連陸上では,3000mを9分07秒7と0.3秒差の2位で好走し,郡市中体連駅伝での5区3kmの試走では,ペースメーカーの引っ張りによって9分06秒で非公認ですが,更に自己ベストを更新しました!郡市駅伝本番で彼は1区から襷をつなげ,駅伝は優勝することができました.

継続は力なり:

陸上は毎日走ることで力が徐々についてきます.長距離は特に3日も休むと体は1週間前に戻るといわれていますので,毎日の練習は欠かせません.しかし,長距離は単調な動きで長時間が基本です.よってモチベーションの維持も必要で,けがや故障,風邪に貧血などを発症すると,物理的な練習の継続ができず,モチベーションも下がり,タイムの成長を見ることは難しくなります.私の今年一年間を振り返ってみると,3月に約1か月間引退した後から,練習がとぎれとぎれでポイント練もやらなくなり,練習の継続が見られなくなっていました.結果的に,唯一走った5000mは目標の16分台の壁を超えることができませんでした.

練習の継続度は,練習のこなし方などで実感することができますが,バイトの頑張りは給料の数字で見ることができ,とても分かりやすいです.特に,バイトは,働いた時間だけ給料が入ってきます.そんな彼は大学生になって陸上を引退し,大学に入ると陸上で得た忍耐力でバイトに熱中しています.一時は週8でバイトに尽くしていた時もあり,彼のバイトの頑張りと給料を確認しない性格から,年収の壁を数段階越えてしまったようです.その結果今年に入って住民税と所得税を支払ったり,また扶養から外れて社会保険に入ったりと,まさに「税」なる1年であったと言えます.

まとめ


福岡空港にて朝食をおいしそうに食べる米野

今回は,玉名の地理的な紹介と合わせまして,中学の同級生である米野寿真くんを紹介しました.これらのエピソードは日々の練習の大切さから,タイムにおいても給料においても数字はうそをつかないことを教えてくれます.
来年は大学最後の年になるかと思いますので,悔いのない1年にしていきたいです.


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