8月7日


昨晩は12時に寝て、今朝は5時に目が覚めた。そのままベッドの上でグルグルと回り、頭と足の位置を入れ替えたりしていたが、どうにも寝つかれなかったので諦めて起きることにした。朝食をとり、血糖値を上昇させて気絶する作戦である。

私は睡眠を調整する力が弱く、最低でも7時間半は寝ないと職場やその他の場所で突然居眠りをしてしまう。そのくせ、寝つきは全く良くないため、医者に睡眠薬を処方されている。薬は何種類か試して今のものに落ち着いているが、検討の過程で合わずに余ってしまった漢方薬があったので、気休めくらいにはなるだろうと思ってそれを飲んだ。

ベッドに横になり、次に目が覚めたのは始業20分前のことだった。スマートフォンに表示された8時40分という時刻をしばらく眺め、8のところがおかしいんじゃないか、ほんとうは7じゃないのか……と考えたが、何度確認しても8だった。
当然のようになんの身支度もしておらず、今からどう頑張っても間に合わない。私は会社に電話をかけ、ボソボソした声で「頭が痛くて起き上がれないのでお休みさせてください」と言った。電話をとった事務の方に「お大事にね、無理せずに」と言われ、胸がチクリとする。

突如降って湧いた休日を如何に過ごさんと思い、マイリストにパンパンに詰め込んだ映画の一つでも見ようかと考えたが、サボりの分際で充実した時間を過ごすというのも気が引ける。結局、「風邪で会社を休んだ人の過ごし方」をすることにした。眠くはないがとりあえず横になり、SNSと天井を交互に眺める。終業までの時間はあっという間に溶けてゆき、自分にはニートの才能があるのではないかと感じた。


夕方、買い物に出かける。アスファルトからのぼってくる空気があつく、スーパーまでの数分で汗だるまになってしまった。

ここ数日、ずっと桃のことを考えている。詳しくないが旬らしい。薄い黄色と桃色のまだら模様の表面を思う。
食べたい。手頃なものがあれば買ってしまうかもしれない。しかし本日、私は寝坊した上に嘘をついて会社を休むという2つの罪を犯している。この身分で桃を買うなんてとてもじゃないができない。スーパーの入り口付近に、1個100円のグレープフルーツ、それも白とピンクが1種ずつ、があったので、それらを鷲掴んでカゴにいれた。このように、先んじて3.4番目くらいに欲しい果物をカゴに入れておけば、もし手頃な桃が目に入ったとしても「まあこれを買うしな」ということで我慢ができる、という寸法である。
レジへと続く通路は野菜売り場に面している。キウイやいちごも、普段ならかなり心惹かれるが、今日はグレープフルーツを2個買う予定なのでなんの問題もない。レジの列がダラダラと進む。桃のコーナーもある。大きくて立派な桃が、2つで980円である。私の金銭感覚だとこれは手頃とは呼べないので、普段でもそれほど欲しくはならない。
980円の桃の横に、それよりも1回り、2回り小さい桃が3つ、トライアングルフォーメーションでパックに収められているのが見えた。値札には580円とある。「食材にしては高いが、桃にしては安い」という、絶妙なラインである。
どうしよう。私は今日会社をサボった。グレープフルーツも買う。だけど、3つで580円は、これを逃すとなかなか出会えないような気もする。列がさらに進む。580円の桃は、残り3パックである。どうしよう。

会計を済ませた後、私のカゴの中には桃が入っていた。あと、グレープフルーツが2個と、三ツ矢サイダーが1本。レジの店員さんにフルーツポンチを作るゴキゲンなやつと思われたかもしれない。

帰路につきながら半日を振り返る。引き返せない罪を犯し、途方もない罪悪感を覚えながらも、それが「桃があって嬉しい」という気持ちに上書きされていくのを感じた。


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