田中ちゃん
[2018年頃に発行した日記のまとめ本の再録]
懇意にしてるツイッターのフォロワーの田中ちゃんが、この春に進学することになった。「入学式に出ないか」っていう冗談半分の打診があったのは確か三月の末だったけど、暇な私は四月の頭にあるそれに参加することを二つ返事で了承した。
入学式の日はいい感じに晴れていて、桜がぼんぼん咲いてた。電車を乗り間違えた私と田中ちゃんは、本来ならとまる必要のない駅にいくつも停まって、人もまばらな無人駅をいくつも見送った。駅に着いたら時間はギリギリで会場まで走る羽目になった。
受付の人は「失礼ですがどういったご関係で?」と私と田中ちゃんの関係を訝しんでいた。当たり前。親にしては若すぎだし、姉にしては似てなさすぎ。「い、従妹です」ってうつむいたまま言って、多分怪しまれたまま会場入りした。そこには新入生と先生たちしかいなくて、私は田中ちゃんの親族ですらなかったから、実際その場に保護者は一人もいなかったことになる。いたたまれないような面白いような。しばらくすると来賓に混ざって保護者と思しき人たちがやってきたのでほっとした。
式が始まる。こういう式に参加するのは自分の大学の入学式以来だからもう四年も前のことになる。あの時、私どういう気持ちでいたんだろう。私の座ってる場所からじゃ田中ちゃんの頭頂部しか見えなかった。ねえ田中ちゃん、今どんな顔してんの。
「あと5秒だけ寝かせて……」って言って一時間寝た田中ちゃんが。「嫌いだから」って言ってラーメンのメンマをドンブリのふちに干してた田中ちゃんが。何が起きても「ま、何とかなるっしょ」って言って頭の上で手を組んで超然としてた田中ちゃんが。足元はなぜかスニーカーでカッコ悪かったけど、きちんとスーツなんか着ちゃって、大人しく国歌なんか歌っちゃって。私は嬉しいような寂しいような気持で式の間中ずっとぼーっとしていた。
新入生だけに説明することがあるからって、保護者はさっさと会場を追われた。私はなんもない駅前に唯一あったパン屋でメロンパンを食べながら田中ちゃんを待った。田中ちゃんは一時間くらいで、ほかのどの新入生よりも早く最寄り駅にやってきた。明日から学校が始まるのが億劫だって田中ちゃんは言ってた。今までは二人ともニートみたいなもんだったけど、この春からニートは晴れて私だけになる。
田中ちゃんと私は二〇一八年の八月くらいからの付き合いだったから、入学式の時点で半年と少しの関係になる。
毎日何時間も飽きずに電話をして、月に一回会って遊んだ。回数を重ねるごとにやることはどんどん他愛なくなって、何をしていたか思い出せないこともある。出会った時からお互い好きなものもだいぶ変わったから、今はもう二人ともスーパー銭湯が好きということくらいしか共通点もなくなってしまっている。
正しい電車が正しい順番で私たちを運んでいく。誰もいない何もない駅をいくつも無視して。なんでかそれが無性に嫌で、もっとゆっくり走ってくれればいいのにって思った。砂糖水みたいなキャラメルマキアート、銭湯の帰りに寄るスーパー、夜桜、チョコモナカジャンボ、二人で入ったホテルのお風呂、蜷川実花の金魚の展覧会、民族音楽のCD。私だけしか覚えていないことがあったらどうしような。
「なぁ、国歌ちゃんと歌った?」沈黙が嫌で私は田中ちゃんに聞いた。田中ちゃんは神妙な面持ちで「いや……歌ったけど、途中から歌詞わからんくて……」と言った。なんか妙に安心して脱力した私は、へへへ、って笑った。
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