好きな食べ物なあに



好きな食べ物を聞かれたらなんと答えよう、ということが、週に1~2回のペースで私を悩ませている。

「好きな食べ物、なあに」という質問に対して、正しい解を用意することは極めて困難である、と考える。では、この一見単純な質問のどこに、そのような難しさが潜んでいるのか。

①対象があまりに多すぎる
「食べ物」というジャンルが広大すぎるために、どれを選んでいいのかわからない。簡単な話で言うとこれに尽きるだろう。「食べ物」の中でさらに焦点を絞った「好きな食べ物」であったとしても、一言でまとめるにはまだまだ多い。ルーズリーフに書けるだけ書いてください、と言われれば何とかなるかもしれない。

②すべての食べ物が同じ土俵にのっているわけではない
焼肉とお寿司どっちが好き?という質問であれば、答えやすい。では、焼肉とヨーグルト、どっちが好き?は、どうだろうか。どちらかを毛嫌いしていて食べたこともない、という人以外には、答えにくい質問なのではないだろうか。
前者が答えやすいのは、提示された食材が概ね同じ土俵に乗っているからである。メイン料理であり、かつ、毎日食べるものではないというか、なんとなく「御馳走」にカテゴライズされるという点で、両者は共通している。しかし、焼肉とヨーグルトは、到底同じ引き出しにしまわれるべきものではない。単品でメインをはれる焼肉と、デザートなど補助的な要素の強いヨーグルト。特別な時に食べたい焼肉と、デイリーユースなヨーグルト。比べられないのも当然である。「石原さとみとポメラニアン、どっちがかわいい?」という質問に似ていると言えば、なんとなくお判りいただけるだろうか。
「好きな食べ物、なあに?」は、そう言ったバラバラのジャンルから一つを選び取らせようとするという点にも難しさがある。

③時と場合による
これは、自分の体調次第で好きな食べ物が変わるから答えられないよという話ではない(もちろんそういう部分もあるにはあるが)。自分の置かれている状況や、聞き手との関係性によって正解が違ってくる、ということである。
会社の先輩と、昼休みに食事に行ったとしよう。仕事に関する話はするが、プライベートのことはよくわからない、2歳年上の、美形ではないが清潔感のある先輩である。会話が途切れたタイミングで、「好きな食べ物とかってなんかある?」。そらきた。何と答えるか。
好きな食べ物。ううん。なんだろう。カレーかもしれない。ホタテかもしれない。ちょっとかわいく見られたいなどという、賢しい部分もある。クレープや桃、いちごはどうだろう。狙いすぎだろうか。答え方によっては食事に誘ってくれる可能性もあるな。とすれば焼肉かお寿司と答えるのが最適かもしれない。会話に困って振ってきた話題だから、掘り下げられそうなものがいいだろうか。「発酵食品全般」とか「半透明の麺」とか、深追いしないと意味の分からない食材で攻めるべきか。
与えられた短いシンキングタイムの中で、少なくともこれくらいのことを考えなくてはならない。一筋縄ではいかないのも頷ける。

このように、「好きな食べ物、なあに」というのは大変難しい質問なのである。一番最近見た映画なんかよりずっと、深淵がのぞける。自分の人生や価値観を値踏みされているといっても過言ではないのだ……

しかし、これらの悩みは結局のところ、私があまりにもお粗末なクソバカ舌の持ち主であることに原因があるように思われる。何を口にしても大体美味しいのだ。とてもじゃないが一つになんて絞れない。
洗練された舌の方であれば、好き・嫌いを正確により分けることができるのだろう。

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