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備えあれば憂いなしだとわかっていても

時々、ある利用者さんと「宝くじ当たったら妄想」をしている。

「宝くじ当たったら妄想」とはその名の通り、宝くじがもし当たったら何をするかをひたすら妄想するだけだ。
「まず、旅行に行くでしょ。そして子ども達の家を買ってあげて近くでみんなで住むなぁ。」私の良き相棒である男性利用者さんは、みんなの頼りになるお父さんで、息子さんや娘さん家族ととても仲良しだ。
いい願いだと思う。

「でも実際に当たったら戸惑うと思いませんか?」と私は言った。

高額の宝くじに当たると「宝くじに当たったらその日に読む本」を渡されるという噂を聞いたことがある。『まず落ち着け!』ということだ。1億だか2億だかが当たって私たち凡人が冷静になれる訳がない。

そして下手すると、大金を手にした反動で身の破滅を及ぼす危険性があるとか何とかよくテレビでやっている気がする。そんなのこわい。

だから、当たったらまずどのように冷静に振る舞えるかをシュミレーションした方がいいと思うのだ。

こうした流れで、2人でもしお互いに当たったら冷静になれるような声掛けをすることを約束した。そして「まあ、こんなの余裕でしょ」みたいな面持ちで、イメージ的にはGacktさんみたいな感じで「ああそうなんだ」みたいな気品あふれる表情で片手にワインをくゆらせて話を聞くくらいの気持ちで挑みたい。

まず、彼は宝くじを毎年購入していても朝一番で銀座のチャンスセンターに並んでいても最大3000円位しか当たったことがないチャンスに恵まれない男であるし、私に至っては宝くじを購入したことがないのにこんな妄想をしているのは断然間違っていると自分では思ってはいる。

でも、自分でも思いつかないような幸せが訪れた時のシュミレーションをしておくことはけっこう大事だと思うのだ。


同僚の女性がこの前こんな話をしていた。

彼女は2.5次元という世界にどっぷりはまっており、コロナがはやる前は全国各地の劇場に足を運んでいた強者だ。

推しの俳優さんのライブに行った時のこと。うちわをもってファンのみんなが声援を送っていたそうだ。ファンサービスをする「ファンサタイム」に入った時に、彼女の推しの俳優さんが、ゆっくりと近づいてきてくれた。
彼女は喜びのあまりに戸惑ってしまい、何も言えなくなり、うちわをただ振り回すことしかできなかったらしい。うちわには「手を振って下さい」と書かれていたので、推しの人は手を振って去ってしまった。

「もっと欲を出していけば良かった!って後悔してるんですよ〜。まさかあんなことが起きるなんて夢にも思ってなかったんで。」と話す。

これもシュミレーションや練習をしておいた方が良かったのでは?という話になった。人間はとっさの事に上手く立ち振舞えないのだ。


もう1つ。ある利用者さんの話をする。
私が勤めている施設には、ジュースの自動販売機が何台かある。
この自動販売機はちょうどリハビリテーション室の真ん前にあるので、お泊まりの利用者さんは特別な事情がなければ(糖尿病とか)ジュースを購入する人たちも一定数いらっしゃる。

そして、この自販機には当たり機能がついている。ジュースを購入すると「ピピピピ・・」と数字が並んで、3つの数字がそろうとおまけでもう1本ジュースがもらえるのだ。このおまけはなかなか出現しない。私も十何年と勤めているが今まで当たったのは1〜2回程度だ。

先日、女性の利用者さんが購入したいとの事で一緒に買うお手伝いをしていた。そしたら「ピピピピ・・」と音がした。
「当たった!当たってますよ!」と私は興奮しながら伝えた。
しかし「へ?」と利用者さんは驚いて固まってしまった。
彼女は自販機の当たり機能のことは知らなかったからだ。「えーとですね。ジュースがもう1本もらえるんで好きなボタンを押して下さい!」と私は急いで彼女に伝えた。「えーとえーとじゃあこれ!」と利用者さんが押したのはただのだった。

何の変哲もないミネラルウォーター。

なんでこれにした・・・。

2人ともその場にたちすくんだ。

「何だかわからなくてこれにしちゃった。」

彼女は自分の行動に対して落ち込んでいた。もっとおいしいカフェオレとか、あったかいゆず茶とか選択肢はたくさんあった。なぜ水。


備えは大事。


私は学んでいたはずだった。

でも先日やらかした。

家で夫が新しいアプリを取得していた。「音声合成ソフト」というのがあって、いわゆる機械音声を出せるというものだ。打ち込んだ文章を機械的な声で再生してくれる。

子どもがipadでお絵描きをしているので、その動画にことばをつけたらおもしろいだろうという流れで、取得したらしく、使い方を我が子に教えていた。

私は横でその様子を見ていた。

突然「〇〇さん、かわいいですね。」と機械音声がしゃべった。

〇〇さんは私の名前だ。普段、夫は私の名前を絶対呼んでくれない。
「ねえ」とか「おまえが」とか「あのさあ」とか、そんな風にしか呼んでくれないので「ねえとかおまえって名前じゃないんですけど」と抗議しても、いっこうに呼び名を変えてくれなかった。しかも「かわいい」なんて今まで1度も言われたことがない。

私はうろたえた。

そして機械音声は立て続けにしゃべった。

「〇〇さんは世界一の奥さんで、自分にはもったいない素敵な人です。」

一緒に聞いていたこどもが笑っていた。

私はこういった。

「うるさい、バカ」

まったくこういう事態が起こるなんて備えていなかった。しかも横でこどもが聞いていたし、なんて答えたらいいのかわからなかった。

それでも私は「こんな色気のかけらもないひどい返ししかできないのか」とあとで落ち込んだ。

ああ想定外。

嬉しい事には素直になりたい。でもなれない。

次回は願わくば、機械音声でなく、きちんと自分の口から言ってほしいなぁなんて思っていたりする。
そんな機会がいつ訪れるのかはわからないが、私はその時を夢見て、今からシュミレーションをしておこうと思っている。



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