【創作大賞 2024】Dance
はじめて自分のカメラで撮った写真は自分の左手だった。
通り雨が過ぎ去った草むら。
真上を見上げる。晴れ渡る空はどこまでも高く高く透き通っていた。光は木に葉に車にベンチにブランコに自転車に虫にそして自分にもそそがれていて、身体の裏の裏までしみわたる。水滴がきらきらと光を放っている。雲一つなく快晴。自分も青色になる。
ことばはいらない
正直でありたい
うわっつらじゃない
立派な正論もいらない
ほしいのは熱。
自分の左手を太陽にかざす。
なんだっけ。そんな歌があった。小学校の時。
『手のひらを太陽にすかしてみれば。真っ赤に流れる僕の血潮』
ちしおってなんだ?と思った。
今はわかる。身体中をめぐる血液。
赤い脈流。時にはたぎる。こころがはねる!
右手で左手をパシャリと撮影した。
生きていると見たくないものがある。思い通りにいかない人生なら、せめて自分で見るものは、好きなものを見ていたい。
昔から、人を見ているのが好きだ。
お母さんと子供。
おじいさんとおばあさん。
友達同士。
部活の先輩後輩。
恋人たち。
お母さんは隣にいる子供を見つめながら、頭をやさしくやわらかになでる。ツヤツヤした髪の毛は手に包まれたあと風になびく。子供は母親を見つめ返しはにかむ。
おじいさんは腰の曲がったおばあさんの手を引いてゆっくり歩幅を合わせて横断歩道を渡る。反対の手にはずしりとした買い物袋を抱えているが、つらい表情は見せずに、おばあさんをあたたかく見守る。
待ち合わせていた小学生くらいの男の子たちは、会ったとたんに笑顔になり手をかかげて元気にハイタッチする。パチンと音がしていっせいにかけていく。
部活帰りの学生たちは、泥だらけの練習着で家時に着く。先輩らしき人がうなだれている後輩に近寄り、肩にそっと手を置いて何か話しかけている。後輩はほっとした表情をする。
こんな光景。
ありふれているか。
ありふれているだろう。
でもありふれたものが好きなんだ。
そうだろう?
自分に問う。
こころを動かされた場面を思い出す。
通っている高校の文化祭の2日目。
文化祭はクライマックスにさしかかり、あたり一面は既に暗くなっていた。校庭は電灯以外にも大きなライトが設置されていて、生徒たちを明るく照らしだす。
閉会式に備えて準備をする人、気分が高揚して大笑いしている学生、マイクのテストをする生徒会、たいへん賑わっている。
そんな喧騒を1人離れて、暗い校舎の自分の教室に忘れ物を取りに戻った。
忘れ物を机から出して、校庭に戻ろうとした時に、奥の廊下から人影が見えた。とっさに教員の机の裏に隠れた。
クラスメイトの男子と女子がガラガラとドアを開けて入ってくる。
二人は窓際に近づいて、外の校庭の景色を眺めはじめた。
窓から入ってくる風にゆられたカーテンは、ゆらゆらとゆれて2人の影をうつしだす。
風にあおられて白と黒がダンスする。
カーテンの隙間から2人が手を伸ばしてとりあって繋いでいるのが見えた。
女の子の右手、男の子の左手
繋いだ手は確かなものであり
またはかなくも
満たされている。
視線を....眼差しを交わさなくとも
指と指がふれて
踊る。
自分の中の熱が顔を出す。
心が踊る。
身を焦がしたい。
己の内側にある、欲の火種。
お互いがお互いを思いやる瞬間に立ち会うと、なぜか許された気分になるのはなんでだろう。
人間はいつだって欲を抱えている。その欲を、その熱を、大切な相手に使うこともできる。お互いにゆるぎない気持ちはたとえ永遠ではなくとも、その一瞬一瞬に永遠が込められている。
人間の「手」
手は相手にふれることができる。
手は相手の好きなものをつくることができる。
手は己を表現することができる。
手は相手を導くこともできる。
手は相手を賞賛することもできる。
手は相手の存在を肯定するようにやさしく熱や愛を伝えることもできる。
手と手が渡しているものは
物質的なものではない。
その人のこころ。
自分の今を確かなものにしたい。
心の中でシャッターを切ってもいいけど
父親に譲り受けたカメラを持ち出して
自分の手の写真を撮った。
俺の名は赤井星一
まっすぐに生きたい。
そしてこころ動かされるものに
いつの日か出会いたい。
そのためには自分が踊り続ける必要があるのだ。
さあ、danceをはじめよう。
Dance 0話おわり
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挿し絵協力:ぷんさん
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