間違いだらけの、中入試Vol.2 -本当の「塾」ってこんなとこ-

私は2000年から2015年まで自塾を開いておりましたが、諸事情あっていったん閉鎖しました(倒産ではなく(^^;)

その期間に来てくれていた子ども達は、全員私立中学に進学しました。

卒業後、東大や京大、医学部、農学部、法学部に進んだ子も少なくありません。

他塾の併用などありませんでした。(こっそり家庭教師はあったかもしれませんがw)

私の考える、本来の意味での「塾」でした。

集っているのは仲間だから、塾生同士で競争はありません。むしろ助け合い、教え合いをし、年下に優しく、年上を敬い、利己主義には厳しい子ども達の集まりでした。

「大手塾のお得意様」である有名私立小生も少なくなかったです。学校から友たちと一緒に谷町または上本町まで帰ってくる。みんなは浜や希に向かう。自分だけ違う方向(北)へ行こうとする。

「友達」が『どこ行くん?』と尋ねる。

その子が『塾』というと『そんなとこに塾ないやん』と言われ、それが毎日続き、その圧に負けて大手塾に転塾した子が居ます。でも3か月後に戻ってきました。理由?秘密です(笑)

クマ塾の子ども達はみんな「誇り」を持っていました。

それは「自分でやった」という誇りです。

話は大きくなり少し恥ずかしいですが…

私は「センセイ」の天分は子どもの才を見抜くことにあると思っています。

それをするためにはよくよく観察しなければできません。

本人と話をし、仲間からの話も聞きます。

そのお手本は「松下村塾」なのです。吉田寅次郎という人は、シビアに言えば実績はあまりありません。

でも、次代を担う人を多く育てました。それは「才を見抜いた」からに他なりません。

勉強は厳しくしないとだめだという人がほとんどです。

でも、叱ったり、数で圧倒したり、マイナスイメージで脅したりするとが「厳しい教育」なのでしょうか?

叱らなくても、脅さなくても自分のやるべきこと、一番必要なことをできる、「陰日向のない姿勢」こそが貴重なのではないでしょうか?

今は体罰厳禁の世ですから安心です。

しかし、「スケールデメリット」で子ども達に圧を掛けるのは、「精神的な体罰」と同じじゃないのかと私は思っています。

さらに、そういうやり方が定着してしまうと、一生そこから抜けるられません。

だからエリートなのに(ごく一部ですが)、上役の目を盗んで、サボったり不正をしたりします。

ダメだと分かっていても、自分に利益誘導したりする人も多いですね。

他人の立場を思いやるどころか、想像することすらできない人間に育ってしまうのです。

極論すれば…学校なんてどこでもいいじゃないか!と思っています。肝心なのは「どこで学ぶ」ではなく「どう学ぶ」か?なのです。

子どもが宝と思うなら、お母さん方には再考してほしいです。小学生時代の過ごし方は人間性を決定づけます。

あなたのお子さん、大丈夫ですか?

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