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【台本】大きな空の箱下で

《作》 U木野

あらすじ

ビルの前の人々

登場人物

佐久間美優(さくま・みゆ)
警備員さん。29歳。女性。

保科幹久(ほしな・みきひさ)
警備員さん。21歳。男性。

本文

――千葉県 貝凪町かいなぎちょう
――午後2時
――遠山フューチャーコネクト前

保科幹久
「先輩」

佐久間美優
「なんだ後輩」

保科幹久
「ここってペーパーカンパニーですよね」

佐久間美優
「いや、遠山フューチャーコネクト」

保科幹久
「いや、会社名のことじゃなくて……本質?」

佐久間美優
「業種?」

保科幹久
「業種っていうか……」

佐久間美優
「おかしなことを言うな。お前にはここが製紙会社に見えるのか?」

保科幹久
「ペーパーカンパニーってそういう意味じゃないです」

佐久間美優
「うん、知ってる。からかってみた」

保科幹久
「地獄に落ちろ」

佐久間美優
「お前がな」

保科幹久
「ともかく、ここって誰も働いていない会社じゃないですか」

佐久間美優
「まぁ、確かに、今のところ社員と会ったことはないな。ただ絶対に誰も働いてないとは言えないんじゃないか? 今はリモートもあるわけだし」

保科幹久
「リモートだとしても、受付にすら誰もいないのはおかしくないですか」

佐久間美優
「働き方改革なんじゃないの? 知らんけど」

保科幹久
「そんなの、改革っていうか、もはや革命でしょ」

佐久間美優
「じゃあ、そうなんじゃない? 働き方革命。ルネッサーンス。懐かしいな大富豪。今度互いの友達集めてやるか?」

保科幹久
「やりません」

佐久間美優
「そっか。友達いないもんな」

保科幹久
「100人います」

佐久間美優
「少なっ! 富士山のてっぺんでおにぎり食べることくらいしかできないじゃん!」

保科幹久
「物置きにだって登れますし、もっと色々できます。それに、そういう先輩は友達いるんですか?」

佐久間美優
「あたしは少なくとも1000はいるぞ」

保科幹久
「……あ行から言ってみてください」

佐久間美優
「あ? アップルミュージック公式」

保科幹久
「そういうのを友達にカウントしないで下さい」

佐久間美優
「友達登録してるのにか?」

保科幹久
「……なんで俺たち、雇われてるんですかね」

佐久間美優
「なんだ急に。お前は会話が下手なのか」

保科幹久
「先輩には負けます」

佐久間美優
「ははは、そうだろ。あたしほど話術に長けた人間はそうそういないからな」

保科幹久
「逆の意味です。先輩の会話下手レベルに比べたら、俺の会話下手レベルは足元にも及ばないっていう意味です」

佐久間美優
「地獄に落ちろ」

保科幹久
「お前がな」

佐久間美優
「それで、なんで急に自分が雇われていることを不思議に思ったんだ?」

保科幹久
「さっきも言ったように、ここってペーパーカンパニーじゃないですか。社員も出社してこないし。それなのに、俺たち警備員を雇っているっていうのが不思議で……」

佐久間美優
「ペーパーカンパニーだろうと何だろうと、実際ビルはあるわけだからな。妙な輩に住み着かれたり、悪戯されたりするのを防ぐために警備員くらい雇うんじゃないの?」

保科幹久
「いや、それにしても20人ですよ。ただ存在しているだけのビルを護るために20人も雇いますか?」

佐久間美優
「実際雇われてるからな。雇うんじゃないの、としか」

保科幹久
「……これは俺の個人的な予想なんですが――」

佐久間美優
「急に真面目な顔してどうした? プロポーズでもすんのか?」

保科幹久
「しません。俺の個人的な予想をするだけです」

佐久間美優
「土曜のレースのことか?」

保科幹久
「ちょっと黙っててもらえませんか」

佐久間美優
「毎月5万払ってくれるなら」

保科幹久
「……一生喋っててください」

佐久間美優
「わしゃ蝉か!」

保科幹久
「……このビルのどこか――おそらく最上階近くに、とんでもないものが保管されてるんですよ。俺たちはそれを護るために雇われた」

佐久間美優
「とんでもないもの? たとえば何よ」

保科幹久
「えっと……生物兵器とか?」

佐久間美優
「真面目に考えろ」

保科幹久
「いや、結構真面目に言ったんですけど」

佐久間美優
「ならアニメーションや映画の観すぎだろ。なんだ生物兵器って。実際見たことあんのかお前」

保科幹久
「ないですけど……でも俺たちが雇われているこの状況はやっぱ異常だし、生物兵器くらい保管されてないとやってられないっていうか?」

佐久間美優
「やってられない?」

保科幹久
「ほら。社員もいない。生物兵器もいない。ただの空っぽのビルを警備するって……警備員としてどうです?」

佐久間美優
「いや、そっちの方が問題が少なそうでよくないか?」

保科幹久
「確かに問題は少ないかもしれないですけど、モチベが上がらないじゃないですか」

佐久間美優
「モチベって……問題起こってほしいのか?」

保科幹久
「そんなことはないですけど……何て言えばいいんだろう……こう、やり甲斐を感じないっつーか。寝る前に『今日も誰かを護った。犯罪を未然に防いだ』と思えないっていうか」

佐久間美優
「そんなん思いたいか?」

保科幹久
「思いたいでしょ!」

佐久間美優
「へぇ。警備員の鏡みたいな奴だったんだなお前」

保科幹久
「地元ではミスターガードマンと呼ばれてましたから」

佐久間美優
「何でコンマゼロでそんなダセェ嘘がつけんの?」

保科幹久
「地元ではマスターほら吹きと呼ばれてましたから」

佐久間美優
「判った判った。勘弁してくれ。……まぁ、そういうことならいいんじゃねーの。お前のモチベーションが上がるなら。生物兵器が保管されていると思って」

保科幹久
「本当ですか!?」

佐久間美優
「本当だけど、そんなテンション上がること?」

保科幹久
「じゃあ、もうちょっと一緒に考えてもらってもいいですか?」

佐久間美優
「いいよ。どうせ就業時間内は暇なんだし」

保科幹久
「保管されている生物兵器ちゃんについてなんですけど」

佐久間美優
「生物兵器……ちゃん?」

保科幹久
「年齢は何歳くらいだと思います? 俺の予想では20歳前後なんですけど」

佐久間美優
「んん? えっと……どこから出てきたのその予想」

保科幹久
「企業秘密です」

佐久間美優
「あ、そう」

保科幹久
「ここは低めに18歳で、どうですか?」

佐久間美優
「どうですかって……そうであってほしいんだよな?」

保科幹久
「はい」

佐久間美優
「ああ、じゃあ、それでいいんじゃないの?」

保科幹久
「ありがとうございます」

佐久間美優
「……どういたしまして」

保科幹久
「髪は腰までつくほどのロングで、水色がいいんですけど」

佐久間美優
「……いいんじゃない」

保科幹久
「ありがとうございます」

佐久間美優
「どうも」

保科幹久
「身長は146センチくらいがよくないですか?」

佐久間美優
「うん、180センチごえの女に同意を求める質問じゃないかな?」

保科幹久
「え、駄目ですか?」

佐久間美優
「……いいんじゃない。146センチ。可愛いな」

保科幹久
「ありがとうございます」

佐久間美優
「ちーす」

保科幹久
「丸顔で、目も丸いんだけどタレ目で、オレンジ色――」

佐久間美優
保科ほしな

保科幹久
「なんですか?」

佐久間美優
「その話、まだ続く?」

保科幹久
「続きますよ。どうせ就業時間内は暇なんですよね」

佐久間美優
「まぁ、そうだけどさ……なんか、お前の話に付き合うより、暇の方が何倍も有意義な気がしてきて」

保科幹久
「ご冗談を」

佐久間美優
「あ、判ってないんだ。こりゃあ重傷だ」

保科幹久
「目は丸くて大きくてたれてて、オレンジ色と玉虫色のオッドアイがいいんですけど」

佐久間美優
「続けるのね」

保科幹久
「もちろん」

佐久間美優
「了解。最後まで付き合いましょう。――オッドアイ、いいな! ミステリアスだな!」

保科幹久
「ありがとうございます」

佐久間美優
「おうよ! 鼻はどうよ?」

保科幹久
「鼻はどちらかと言うと低くて、ぺちゃんとしていて、ちょっと田舎くさいけど、それが逆に良いっていうか」

佐久間美優
「せやな! 逆にな!」

保科幹久
「ありがとうございます」

佐久間美優
「ゆあうぇるかむ! 眉は?」

保科幹久
「ゆるやかな困り眉が――」

佐久間美優
「あら、素敵! 次いってみよう!」

佐久間美優
 その後も、保科の予想が止まることはなく。
 結局、3時間後の交代の時間が来るまで、この会社に保管されているらしい生物兵器の話を延々聞かされ続けた。 

 

【終】

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