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「人間、人間だなぁ」ということばが咄嗟に出てきた。去る日のことだけど、とある現場で知り合いの大工さんが落っこちで怪我をしたという報せを聞いた。一瞬ぎょっとしたが、幸い骨折で済んだようだ。

なんで、中堅手練のあの人が、と思ったけども、どうも前夜に同じ現場の職人さんと深酒をしたようである。連日の作業で、ちょっとゆるみが出たのかも知れない。

報せをくれた人はその現場の指揮をとっていて、繰り出すところにも居合わせたのだが、2人連れで飲みにいくのを見てちょっとよくない気配がしたようで、「あまり飲みすぎ無いでくださいよ笑」とそれとない牽制をしたという。

そして、それは言葉の柔和さとは裏腹に"釘を指している"ということのメタメッセージを通じ、重たきニュアンスを伝えたかったであろうことは想像するに難くない。

私はその出来事の話を聞いている時に「それが起こったのは昼休憩直後ですかね」といったようなことを訊ねたが、やはりそのようであった。昼休憩後は通常であってもおおむね弛緩しているもので、まぁ巷間でいうところの魔物の潜む時間帯、といえるだろう。さらに聞くと、より高いところでの作業が済んで慣れた高さに降りてきた矢先であったとも聞いた。前夜のことから数えれば弛緩要素の三拍子揃ったところでの出来事であったのだ。

私は話を終えたあとで、漫画版「墨攻」のある場面を真っ先に思い起こした。

(あらすじ...名将巷淹中率いる趙の遠征軍数万に攻められている梁城が、墨者の革離の指導の下、邑民皆兵体制で籠城戦を数ヶ月に渡り展開し、敵軍の数を確実に減らしていた。そのうち趙は反対方面にも戦を構えることとなり、巷淹中の軍は本国へ引き上げるよう命ぜられる。しかし巷淹中は武人として退くわけにはいかぬと命令に背き、一人将軍旗を立て賛同者を集める。そして夜が明けるとそこには巷淹中と生死を共にせんとする数千名が結集していたのだった。梁城下は敵軍が大幅に減ったということで欣喜雀躍の様相を呈していたのだが、革離は寄せ集めの数万よりも命知らずの数千との戦いの方が厳しいものと悟る。)

ある夜、城壁上の見張りをしていた二人組が、幾夜も敵が来ない中で禁じられていた晩酌をしてしまう。ただでさえ敵は大きく数を減らしているし連日何も起こらない。それでつい深酒をしてしまい二人は眠りに落ちてしまう。しかし城は趙軍によって監視されており寝込んだ二人のところから平服の敵特殊部隊が侵入し、その様子を目撃した町の女を口封じのため殺害し城内に潜伏する。翌朝二人は革離によって殴り起こされ、女の死体を見せつけれて嗚咽し懺悔する。

先述の顛末を聞いた時に、ほとんど間をおかず上記場面を連想するに至った。あまりにも典型的な、人間の行いだ。これは人間の愛らしさ、とか人間の愚かさ、とか、なんか人間の一側面を表すよりも、"人間だ"というに尽きる感じがする。漫画自体は舞台となった2200年前よりははるかに最近の、30年ほど前のものだけど、このテの失態そのものに関しては2200年前の戦乱のどこかにあった史実を描いていると思う。どこかも何も、今に至るまで同様の失敗は人類史上、億単位で経験されてきているはずだ。

そして同時に、飲みに繰り出す二人を強く制することがなんというか法的人間の行いなのだろうけど、そうもいかない。部下でも弟子でもないわけで、「明日に影響したらどうするのだ、おとなしく帰って寝ろ」とはいかないし「これが元でなんかあったら、金輪際云々」のような事もありえない。やはり柔和な言葉で以って"釘を指す"というメタメッセージが関の山だと思う。強い言い方をすることも出来たわけだが、連日の共同作業を軽快に続ける為、そして今後の円滑な協力関係を変曲させないためにも、この、誰が決めたわけでもなく、しかしこれ以外にベターな解がどうもないようなあたりの案配、が妥当であったのだろうと思う。この民事的で瑣末な力学に胆力と知恵とを発揮しなければいけないあたりもまた"人間"って感じだ。

そんなこんなで、「人間、人間だなぁ」ということばが咄嗟に出てきた。

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