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自己肯定感を上げるには

古伊賀 破格のやきもの展を観た。

古伊賀とは、三重県伊賀市で焼かれたやきもの。
とても渋くて、信楽焼のように素朴。

ゆがみ、傾き、割れ、欠け、焦げ、へこみ、
それが日本陶磁の最高峰とまで言われる。

古伊賀花生

なんで?

本当は私は精緻で整った青磁器が好みだ。
美しい輪郭に惚れ惚れしたりする。

古伊賀は全く正反対で、
荒々しく、粗野で破壊的。

楽茶碗でさえ好みでないのに、
古伊賀のむちゃくちゃさは
私には渋すぎる。

でも、観ていると味わい深い。

予想を裏切るというか、
意図がないからおもしろいのか、
ワクワクするような
自由さがある。

表面も焦げていたり、
釉薬もまだらだけれど、
キラキラしているところがあったり、
見る角度によって
色が変化していく。

展開がわからないドラマのようだ。

よく美人は三日で飽きるというけれど、
美しく整っていない古伊賀は
ずっと見ていても全然飽きない。

それが個性的ということか。

味わいとは、美しくなくても
整っていなくても
そのものの個性から出てくるものらしい。

ゆがんで、いびつで、
おもしろい形をしている
古伊賀を眺めていると
にくめなくて微笑ましい。

かっこつけず
自分をさらけ出していて
裏表がない気がする。

欠点だらけの私でも
素晴らしいんだと思えてくる。

だって、ゆがんで、割れて、
へこんで、いびつで、
整ったところが一つもなくても、
歴史上名の残る著名人に愛され、
大事にされてきたのだから。

帰って、お風呂に入ってくつろいだ。
ほっこりして、
ぼーとしていたら、
ふと無意識に「合格」とつぶやいた。

なんで「合格」と言ったのかわからない。

ああ、でも自分が自分に合格をあげたんだなと
思った。

いつも正解を求めて生きていた。
これで合っているのかな……
間違っていないかな……
失敗しないかな……
人に聞いて、確認しようとした。

でも、心配しなくても、
私はいつでも合格なのだ。
私がすることはすべて合格。

それを古伊賀が教えてくれた。

自分にダメ出しし続けるのを
もうやめよう。

私はそのままの自分で素晴らしい。
ゆがんでいても
へこんでいても
割れていても
欠けていても
私は素晴らしいと決めた。

そう決めたら、
古伊賀が味わい深いように
私も味わい深くなるだろう。

人間らしいって
そんなことのような気がする。


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