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2. 放課後秘密クラブ


前回までのあらすじ。初対面の女の子が泊まることになった。

「白河さん。泊まってもらうのは構わないんだけど、この部屋のルールは聞いてるかな?」

「……ルール? ですか?」

きょとん、と首をかしげる。長い髪がさらりと肩に流れた。とても綺麗だけど、その様子だとなにも聞いてないらしい。

「黒……この際、どうして話してないのかは不問にするけど、どうやってこの子を連れてきたのさ? 黒の前からの知り合いじゃないんだよね?」

「そだよー」

足をパタパタさせようとしてスカートの丈が気になったのか、膝立ちになってブラウスの裾を出し、ウエスト部分を折り曲げる。……男子の前で、そういうのやめい。

「駅前で所在なさげに佇んでたから、声かけたの。『ヘイ、お嬢ちゃん! 可愛いねー! 今からお茶しない?』って」

「……ナンパじゃん」

いや、女の子同士だからナンパではないのかもしれないけど、そこはほら、世の中には百合という概念もあるわけで——以下、自主規制。

「白河さんも。そんな怪しい勧誘にほいほい付いて行ったらダメだよ?」

「は、はいっ。でも、あの……黒さんが、悪い人ではないのはわかったので……」

「……ほんとに?」

当の本人は例によって髪をぐしゃぐしゃにし、頂上でピヨンと一房だけヘアゴムで留めながら「何度見てもスプラッタはたまんねーぜ!」とニタニタしていた。

表情だけ見たら、快楽殺人犯と紙一重だ。

「はい、あの……。……気をつけます」

白河さんが苦笑いで目を逸らす。どうやら、わかってもらえたみたいだ。

「ともあれ、うちに泊まるなら、従ってもらわないと困る。この——『放課後秘密クラブ』のルールに」

「ひっ、秘密クラブ……ですか!?」

言葉のニュアンスから身の危険を感じたのか、ビクリ!と肩を跳ねさせる。

華奢な身体を硬直させる様は愛らしく、もっとその反応を見たいと思ってしまった。……いかん。変な趣味に目覚めつつあるぞ、僕。

自戒している僕を尻目に、器用に寝たままカフェオレを飲んでいた黒がケラケラ笑った。

「放課後なんちゃらって、なにそれー。ここは『喫茶ナナシノ』でしょ」

「我が家を喫茶店扱いするな。だいたい、そのカフェオレはインスタントだぞ」

「ボロ儲けじゃーん」

「そうだな。黒がその一杯に五百円くらい払ってくれたらな」

「代金は白河ちゃんで! お釣りはとっといてー!」

ピラピラと手を振り、説明に戻れと追い払われる。

代金が女の子って、無駄に背徳的な響きだな……。ほら、白河さん、ガチで震えてるじゃん。

「いや、ごめん。えーっと、なんだろ……。僕の方の名称は『秘密探偵』とか『秘密基地』とか、そういうカッコつけのつもりだったんだけどね……。黒の方は、この場所を提供してもらうお礼に女の子を紹介するとか言ってたんだけど、べつに変なことをするつもりはないから、安心して」

「……は、はい……」

うん。安心できてないね。震えてるね。

これは誤解を解く意味でも、さっさと説明してしまうのが吉だろう。

「べつに難しいことじゃないんだ。基本的なルールは三つ。一つは、電子機器の持ち込み禁止」

「電子機器、ですか……?」

「そう。正確には、持ち込んでくれてもいいけど、ここでは使えないんだ。建物自体が電波を吸収する特殊な造りになっていて、ケータイの電波やネットはもちろん、テレビやラジオも繋がらないんだ」

白河さんがポケットから、可愛らしいレザーケースに包まれたスマホを取り出した。

画面を見て電波が立っていないことに気づいたのか「ほんとですね……」と珍しそうに呟く。「バッテリーが無駄になるし、機内モードにしておくといいよ」と言うと、「そうします」と言って、しばらくの間画面を操作していた。

それがひと段落するのを待ってから、続きを話す。

「二つ目のルールは、ありのままの自分でいること」

「ありのまま……?」

「うん。ここは一応、僕の家だからね。自宅で気を遣うのは疲れるんだ。だから、お互いに雑な、素の感じで行こう。もちろん、相手が『いや』だと言ったら配慮するけど、それ以外は気を遣わない。白河さんも、いやなことがあったらストレートに言ってね。じゃないと、僕も黒も配慮しない」

「は、はい。わかりました」

主に、僕たちからの要求に『NO』と言えることがわかってホッとしたように、白河さんが肩の力を緩めた。

そうそう。一緒にいるなら、お互いに楽なのが一番だ。

「そして三つ目。最後のルールは、ここで見たこと、聞いたこと、築いた関係の『持ち出し禁止』」

「…………?」

最後のだけは理解できなかったように、小首を傾げる。

うーむ。小動物チックで可愛い。

「多かれ少なかれ、人は外面(そとづら)と身内への顔を使い分けるものだからね。内側を暴露されると学校や社会でやりづらいだろう? これは、ルール2を安全に守るためのルールでもあるんだ」

「……なるほど。そういうことですか」

「基本的なルールは、この三つだ。守れるなら泊まってくれていいし、好きにしてくれていい。反対に、守れないなら、この部屋に入れるわけにはいかないけど……どうする?」

「そのくらいでいいのでしたら……ぜひ、お願いします」

ぺこり、と礼儀正しく頭を下げる。

ルール2『ありのままの自分』にはまだ遠そうだけど、最初はこんなものだろう。

「ようこそ、『放課後秘密クラブ』へ」

「『喫茶ナナシノ』でしょ」

待ってました、とばかりに黒がツッコんだ。

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