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0. プロローグ


実際のところ、高校生の一人暮らしはかなり珍しい。

そうせざるを得ない状況に親が陥ること、そしてそれを成せるだけの経済力があることが最低条件だ。大抵の場合はどちらかに引っかかるので、同居するか、あるいは親と一緒に引っ越して転校することになる。

だから、高校二年生にして1LDKなんて贅沢な間取りに一人暮らししている僕は、きっと、かなりのレアなのだ。

「いいよねー、一人暮らし。こんな広い部屋でのんびり過ごせるなんて、最高じゃない?」

我が家に入り浸っている昔馴染みの女の子が言う。

艶やかな黒髪のショートカットに、瑞々しい白い肌。黙っていれば清楚なお嬢様といった出で立ちだが、いかんせん、黙らない。スカートを短く折り曲げ、ブラウスの裾を出しておへそをチラチラさせ、整った黒髪を一房だけピヨンとはねさせている。アホ毛ではなく、ヘアゴムを使って故意にやっているのだ。

「……黒(くろ)。いくら僕しかいないとはいえ、もう少し格好に気を遣ってくれ。あと、最近のその髪型はなに? 正直、微妙だと思うけど」

「わかっててやってるの。あー、もう。清楚の仮面被るのも楽じゃないわー」

だらしなく床にごろ寝して、クッションを薄い胸で押しつぶしながら週刊誌のページをめくる。「今週もチェンソー○ンおもしれー」と邪悪に笑う様は、同学年の男子が見たら卒倒しそうだ。

「んー。でもまあ、透(とおる)には感謝してるよー。広い部屋とカフェオレとジャ○プ。快適な空間を提供してもらってさー。正直、なんかお返ししなきゃなー、と思うくらいには感謝してる」

「そう? べつにいいけど。強いて言えば、服装だけでもなんとかしてもらいたいかな」

「それは無理」

両足をパタパタさせる度、短いスカートの裾が危うげにフラフラと揺れる。

べつに彼女の下着が見えても何とも思わないのだけど、それはそれとして、どうにもだらしないのは気になる。そういう油断は、きっと別の場所でも出ると思うんだけどなぁ……。

「そうだ。日頃の感謝のしるしに、女の子紹介してあげるよ、女の子。それも、とびっきり可愛い子。透もそろそろ彼女欲しいでしょ?」

「いや、いらないけど。ていうか、黒に紹介できるような女友達いるの?」

「うーわ。屈辱ー」

ケラケラと笑う黒は、特に気分を害した様子はない。

いつも通りの軽口。変わらない、普段通りのしょーもない日常。

そう思ってたんだ。少なくとも、僕は。

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