詩人が正社員になった理由のすべて

生まれてはじめて正社員になった。大学を卒業して二年弱、つい最近まで自分のほうが無職だったのに、どういうわけか就職エージェントになってしまった。

就職エージェントの業務は仕事を紹介することなので、毎日のように働きたい人、働いていない人、これまで働けなかった人の話を聞いて過ごしている。そしてもっぱら働くことを勧め、サポートする。働き手を紹介すると、紹介した先の企業からお金がもらえる、そのようにして会社が成り立っているからである(ようだ、たぶん)。

いまはどういう業界とか業種考えてるんですか、求人何件かご提案させていただきますね、結構決まりやすいとこなんで大丈夫だと思います、夢とか目標とかってなんかありますか、がんばりましょう、面接対策しましょう、就職しましょう。

先輩エージェントの就職相談を横で聞きながら、あるいは自分でもいくらか就職相談に乗りながら、新人は急に思いだす。

あれ、就職って、なんでするんだっけ?

それで、自分が就職に至った理由を振り返ろうとしたら、これがいまひとつ思いあたらなくてぎょっとした。たぶん、あるにはあるんだけど、きちんとまとまっていない。
それで人に働くことを勧めようとしているなんて!
たいへんだ! それはよくない。

そういうわけで、自分が就職に至った理由、また就職エージェントになった理由を、いくらかていねいに考えて書いてみることにする。これがあなたの役に立つかはわからないけれど、ライブ活動をする詩人と就職エージェントとのダブルワークになるので、まあ、多少はめずらしいかもしれない。

思い起こせば、特定の職業に就きたいと思ったことがない。
まあ、しいて言うなら、五歳のころは絵本作家に、十六歳のころは小説家になりたかった。いまは二十四歳で、詩人を名乗っていて、しいて言うなら職業詩人になりたい。でもべつに職業がほしいわけではない。書くのが好きで、書くこと以外がやや苦手で、書いてお金がもらえたら都合がいいだけだ。(あらゆる適職診断で芸術家タイプといわれてしまい、はいはい、と思う)

かといって働きたくないのかといわれたら、べつにそういうわけでもない。人と接するのは好きな方だし、お金のことも憎からず思っている。お金もうけのことは多少ぶきみに思っているかもしれないけれど、お金自体はもらうとうれしいしある程度たくさん欲しい。それに、なにもしないよりはなにかしているほうがいい。

そのくせ、なんだか定職に就かずにきた。
大学四年のときには、普通に就活して、普通に内定をもらった。にもかかわらず、入社の数週間前になって急に内定を辞退してしまった。四月までに取る規定だった運転免許が間に合わなくなった、というのが直接のきっかけではあったけれど、でも「入社してからできるだけ早く免許を取ってくれればいいですよ」と言ってもらえたのに、自分から辞退した。免許の一件が明るみに出て、「あれ、わたし、就職できないのか」となったとき、みょうにうれしかったのが原因だった。
なんていうか、そのときは、就職しないことがすごくしっくりきたのだ。

そのときわたしはライブ活動をはじめて一年、ファーストワンマンライブを終えた直後だった。ワンマンライブは満席になって、ステージに立つといちばん後ろのお客さんが見えなかった。無数の頭のシルエットがつらなって、昏い山並みのようにゆれていた。
ライブが終わったあと、観に来た人たちがそれぞれ手を握りにきてくれた。その中には泣いている人もいたし、遠方から来た人もいたし、活動を支えてきてくれた人も、深く尊敬する人もいた。
内定をもらっていた会社は葬儀社で、それもやってみたい仕事のひとつではあったのだが、どうしても休みは不定期になる。もともと、就職したら活動の頻度はぐっと落ちることを覚悟した上でのワンマン開催だった。
でもそのとき、こんなふうに手をかわるがわる握ってもらうことのほか、だいじなものは何もないと思った。
それで無職になった。でも、べつにフリーランスになったわけでもなく、なんとなく就活をつづけ、いまの会社の内定をもらったのが十二月(ありえないほど選考に落ちて一度漠然と就活を取りやめたり、大学院受験を考えていたら試験当日の日程を間違えて何もかもおじゃんにしたり、いろいろあって時間がかかった)。なぜかそこからさらに丸一年あけて入社し、二〇一九年一月一日付で、都合二年弱の無職期間は終わった。

そうそう、だからつねに就職する気ではいたのだった。内定こそ勝手に辞退したけれど、土日がコンスタントに休めてライブ活動と両立できる仕事を新たに探しはじめただけであって、就職することそのものをやめたわけではない。

べつになりたい職業もないのに、どうしてだったっけ?

たぶん、最初は、内定を辞退した理由とまったく同じで、「活動をやめないため」だった。ちょっと大げさにいえば、生きることをやめないため、としてもいい。

詩は「食えない」といわれる。詩だけで生活を立てていくのはほとんど無理だ。とはいえ「詩をとるか、生活をとるか……」と悩んでもいられない、まず生活をつづけなければ詩は書けない(死ぬから)。詩をやめないためにはお金を稼がなければいけない、生きていかないといけない、というのがいまのわたしの現状で、そのためにはどうしても就職する必要があった。

それを大前提として、はじめてやりたい仕事を考える。なりたい職業はなくても、やりたい仕事ならあった。
というより、やりたくない仕事がたくさんあるだけかもしれない。ずっと同じ人と同じところにいつづけるのはいやだ。計算や片づけはなによりも苦手なのでできるだけ避けたい。土日に働いてライブする時間が取れなくなるのはいやだ。ライブのことを考えると転勤も困る。一対一で話す方がおもしろくて、大人数でいるとすぐ退屈する。さらに、話を聞くのはとても好きなのに、自分が話すのはそこまで好きじゃない。

となれば、いろんな人がかわるがわるわたしのところにやってきて、一対一で話をしてはそのうち去っていく……みたいな仕事がいい。
ではどんな人と話したいか、また、どういう話の起こる場にしたいか。
会社に属している人どうしとして話すよりは、個人を相手として話したい。でも、お客さんから直接お金をもらって話すのは、どこかで搾取や欺瞞に踏み込みそうなのでいやだ。個人以外からお金をもらいつつ、個人と話すことを重ねられる仕事がいい。そしてできれば、楽しい人、しあわせそうな人をもっと満たすより、しんどい人、たいへんな人を手助けできるほうがいい。そうするとなおさら個人からお金をもらわない方向性になりそうだ。

ここで土日祝休みがいいという条件がやや邪魔になってくる。個人を相手にするとどうしても土日に仕事が入りがちだ。葬儀社もそうだったし、就職までずっとアルバイトでやっていた塾講師も、正社員になるなら土日勤務を避けえないらしい。

と、いうことで、かろうじて残ったのが就職エージェントだった。
就職エージェントなら、相手にするのは基本学生か無職で、ほとんどの相談が平日に済む。困っている人をサポートできるし、いろんな人の相談に一対一で乗りつづけられる、企業からお金をもらえるので、相談者からはもらわなくて済む。
それで何社か就職エージェントの求人に応募し、これもかろうじて一社だけ良心的だと感じた会社が、幸いにもたまたま採用してくれたので、働きはじめる運びとなった。

以上が、わたしが就職した、また就職エージェントを選んだおおまかな理由だ。面接で話すような志望理由とはやや毛色が違うけれど、かなりいつわりなく述べられたような気がする。
そう思うと、何になりたいか、何を成し遂げたいかではなく、「どう過ごしたいか」で仕事を選んだかもしれない。かわるがわる手を握ってもらうことのほか、だいじなものは何もない。わたしがどうにか就職エージェントになれたのは、どこかでこれがそういう仕事であることを願っているからだ。
まだひと月半なので、実際のところは正直分からない。ちがったらどうしよう? この先に搾取や欺瞞があったら? そう切々とおそれながら、おっかなびっくりオフィスカジュアルを着、望んだとおりにいろんな人とかわるがわる会って、過ごしている。

生きることをやめない。
というのは、ほとんど意地で、かつわたしにとっては困難な課題だ。
自死の日取りを決めなくなって久しいけれど、それでもふと生活や、生命や、人生を手放したくなる瞬間はくる。そうでなくとも、楽な道をつい選んでしまい、ずるずると生き延びやすい環境から遠ざかっていくこともある。いい大学に行った方が生きていきやすいとわかっているのにサボって勉強せずにいてしまうとか、愛想よくしたほうが当たり障りない相手にうっかり本音をいってしまうとか。

それでも、生きることをやめずにいるための選択肢をできるだけ選んでおきたい。自分に生きている価値があるとかないとか、そんなことはぜんぜん考えられないけれど、しかも死なないでいるのはときに面倒でしんどいけれど、それでも、だ。
いまのわたしにとっては、それが就職し、正社員になることだった。

おそらく、そうじゃない人もいて、師である「詩業家」の上田假奈代さんとか、いまお世話になっている「しょぼい喫茶店」のえもいてんちょうさんとか、就職とは違う道で生きていくことを明確に選んだ人のことをわたしはほんとうに尊敬しているし、あこがれもしている。いまのわたしにとっては生き延びるための道は就職だったけれど、いつかのわたしにとっては違うかもしれない、あるいは、いま就職していない人にとっても、いつか就職が命綱になるかもしれない。
就職することがいい、あるいは就職しないことがいいというのではなく、その人がより長く生きられるための選択肢が、それぞれにあるはずなのだ。
これからだれかに働くことを勧めるとき、そのことを忘れずにいないといけない。

わたしが仕事をどれくらいつづけられるか、確かなことはなにも言えないけれど、ともかく死なないように敢闘していくので、どうぞ動物映像のバラエティでも見るように見守っていてもらえたらうれしいです。最悪、「飼い主さんだ~いすき」みたいなアテレコとかしてもいいからね。
あなたもできるだけ死なないでいてくださいね。


★つづく★

(向坂くじら)

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そうはいっても本体はまずしい詩人ですから、いただいたサポートがごはんに直結します。ランチの予算およそ380円でくらしています。申し訳ないことに恩を忘れやすいタイプなのですが、いわれればすぐうれしく思いだします。

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詩人を名乗っていてもしごとをしてお賃金をいただいたりしごとについて考えたりすることもあるのです というnote 提供:㈱プレイバック・シアター研究所
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