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③ 2012年夏 (ストリートライブ)

 その年の春、同級生は高校を卒業してそれぞれ進学したり就職して社会人になっていた。俺はデビューを目指してバンド活動してたつもりだったけれど、誰も本気じゃなかったみたいだ。
 「デビュー?そんなの夢のまた夢やろ?」
そう言われて喧嘩して解散してしまった。だから今はバンドを掛け持ちしながら、一緒に本気で活動してくれるメンバーを探している。でも、掛け持ちは忙しくてスタジオ代がびっくりするくらい必要になった。スタジオ代を稼ぐ為に終電まで一日中バイトして、家でギターを弾く時間がなくなってしまった。

 携帯電話が鳴り、青年は着信の名前を見て少し驚く。
 「はい、もしもし。」
 「久しぶり!元気か?」
 青年が東京でお世話になった人だった。『曲を作ったら聴かせて。』と、青年を気にかけて時々電話をしていた。青年は思い切ってバンドメンバーが見つからないことを相談してみた。
 「ギター弾けるんだから、ひとりでも音楽ができるだろ?バンドやりたいのは、ひとりだと怖いからじゃないの?」
 青年は悔しそうな表情で電話を切った。
 全くその通りだったのだ。
『ひとりだと怖いからじゃないの?』という言葉がグサッと心に突き刺さった。

 数日後、青年は大きな箱を抱えて部屋に入った。段ボールを開けて新しいアンプを出し、乾電池をアンプに入れる。
 青年は目を輝かせながら、キャリーにアンプを載せて電源を入れる。ギターをケースから出して、シールドで繋ぐとジャカジャカ弾き始めた。
 
 週末の夜、たくさんの人が大阪駅の改札から出てくる。その中に、新しいアンプを載せたキャリーを転がし、ギターを背負って歩く青年がいた。
 青年は横断歩道を渡り、行き交う人に紛れて歩きながらストリートライブが出来る場所を探した。
 歩道橋の階段付近で立ち止まり、ギターをケースから出し肩に掛けてシールドでギターとアンプを繋いだ。
 アンプの横に立ち、下を向いたままギターを弾く青年。
 青年の指は震えていた。弱々しいギターの音だけがアンプから流れていた。

 青年は部屋に入ってすぐにベットに倒れ込み、布団に顔を押し付けて声を殺して泣いた。
 怖くて声が出なかった。何も歌えなかった。
 今までは、聴いてくれる人が目の前にいたから歌えたんだ。今更だけど、誰も聴いてくれなかったら歌えない。
 もう誰も俺の歌を聴いてくれる人はいない。
 
 次の週末もその次の週末も、青年は大阪駅へ向かった。ギターを背負いアンプを転がして歩く表情は暗い。
 いつもの場所で立ち止まり、ストリートライブの準備をしながら辺りを見渡す。
 今日も心がズタズタになって絶望して帰ることになるんだけど、俺はもうここでしか歌う場所がない。
 信号が変わると次から次へと目の前を人々が通り過ぎる。だが誰も青年の歌に耳を貸さない。
 若者が数人楽しそうに話しながら目の前を歩いていく。
 あぁ、空しい。
 どうして辞めてしまったんだろう。凄く後悔したけど、もう遅い。全部捨ててしまったんだから。
 今ならわかる。あの頃、大人達が俺に言ってくれたこと。
 役者を辞めてなかったら、ステージで歌う機会があったはずなのに。
 青年は自分で作った曲を叫ぶように歌い続けた。