「手段」と「目的」
こんばんは、qujenです
手段と目的は逆転させてはいけないって話、よく聞くしよく言うしよくわかります。例えば、私の愛するGrasshopperでいうのであれば、Grasshopperを使いたいための建築作品を作るのではなく、先に作りたい建築作品があってそれを達成するためにGrasshopperがあるんだ、というような話です。
ここでいう「目的」は建築作品を作ることで「手段」はGrasshopperですね。でもこれ逆の人もいますよね、Grasshopperを身に着けることが目的になって建築作品を作ることが手段になる、これは単純に手段と目的を取り違えているのでしょうか?
手段を勉強することはめちゃくちゃ大事です。「これを実現にはどうするか」をあーだこーだ話し合いるときに手段を知る私は、あ、これをこうすりゃ一瞬だなとひらめきます。手段を多く知っている強みです
また、手段から目的をひらめくこともあります。このソフトウェアやこのプログラミング言語はこれが得意なのだから、ここをこうすれば新しいことできるのでは?みたいな発想もあります。
つまり目的と手段を取り違えるなって手段を知っている人間の言葉だなぁとつくづく思うわけです。GH触ったことなかったりするよな人間がGH触るために云々とか講釈垂れていると冷めた目で見てしまいます。
なので特に惑わされることなく、やりたいことをやればいいかな、というそんな気持ちです。
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