カルチャーコードとデザインのお話

ここ一年くらいカルチャーコードというものについて考えています。
普段私は、企業の事業立ち上げや製品のデザインに携わる機会が多いのですが、その際にこのカルチャーコードという言葉をプロジェクトメンバー、クライアントに対して使う機会が最近増えてきたので、その話を書いてみようと思います。大きく分けると、デザインにおけるカルチャーコード組織文化におけるカルチャーコードです。

カルチャーコードって何?

カルチャーコードというのは「特定の文化圏において、あるものがどう考えられているか、どういう連想や記憶を引き起こすか、どういった慣習に組み込まれているか」といった暗黙知やルールのようなものです。マーケティングリサーチの領域で使われている用語です。民族特性なんて訳されたりもしています。事例としてわかりやすいのは色でしょう。例えば白色。日本では純潔、新品、先進性や安心などを連想するかと思いますが、中国のカルチャーコードにおいては、死や不吉を連想されるのです。葬式も「白事」です。結婚やめでたいカラーは中国では赤です。献身というワードから日本では連想されるのが白であるのに対し、欧米では青。この差が柔道着の色となって採用されていたりもします。黄色は中国では性的な印象を与えますが、日本ではピンクとかがその位置にあるかと思います。
太陽に対するイメージも文化によって違います。日本とドイツは太陽と聞いて女性、暖かさ、育ててくれる力みたいなことをイメージするようです。一方フランスでは太陽は力強さの象徴であり、男性的なものとして受け止められるようです。
色以外にも、ものの形状や質感、音、様々なものに対しての人間の反応は、所属する文化圏にかなり左右されます。
カルチャーコードは人の購買などの行動に大きく影響を与えるため、ビジネスにおいて有効と考えられています。

カルチャーコードとデザイン

上記の色の例は最もわかりやすい例ですが、色や形状はカルチャーコードとデザインの関係を考える上で明快なサンプルです。企業のVIや広告のデザイン、プロダクトのデザインは強く影響を受けます。同じデザインや広告でも受け手側のカルチャーコードによって、効果が大きく変わるのです。

Gilbert Clotaire Rapaille(日本語発音だとラパイユ?)というフランスの心理学者、コンサルタントがいます。彼はマーケッターであり、彼がカルチャーコードという言葉を生み出したと言われています。Rapailleはjeepのアイコンでもある丸いヘッドライトの考案者とされており、彼の著書culture code(2006,未翻訳)には彼がwrangler jeepのマーケティングに関わった際のエピソードから始まります。

1990年代後半、SUVという新しいラグジュアリー四駆のカテゴリーが人気になり、jeepも追随するのですが人気が落ちる一方。wranglerは顧客インタビューで「SUVとして」どういう機能やデザインがいいか聞きまくり、それを製品に反映するがうまくいかない。そこでマーケティングコンサルタントとして雇われたRapailleは新たな顧客インタビューとして「あなたの最初のjeep体験は?」というインタビューを始めます。顧客達がjeepに対して持っている強いイメージ、即ち文化のコード(culture code)を抽出にかかります。そして多くの人が口にしたイメージは西部の荒野を走るイメージ。馬のようなイメージを期待されているjeep像でした。柔らかな革シートなんて期待しておらず、風を感じるような体験を期待されていたのです(全然SUVじゃない)。そう、アメリカの顧客のカルチャーコードではjeepは馬であり、ラグジュアリーなポジションを期待されていなかったのです。jeepは取り外し可能なドアと屋根を期待されていたのです。彼らは周囲の風を感じる体験を求めていました。そう、馬に乗る時のように。

丸目のjeep

wranglerの幹部たちはなかなかSUV路線の方向性を変えなかったそうです。こんなものやこんなものをユーザーは欲しがっているよという膨大な以前のSUV想定のリサーチを信じていました。しかし、おそらく人々はjeepには馬っぽい、都会的なSUVではない開拓者のイメージしか期待していません。しかし幹部たちは彼らがそう考えていることは望んでいませんでした。Rapailleは自分のセオリーをテストしてほしい、カーデザインを調整してほしいと進言します。四角いヘッドライトを丸いヘッドライトにしてほしいと。なぜか。馬の瞳は四角ではないからです(おそらくこれだけではなく、もっと色々指摘したんだと思いますが)。
丸いヘッドライトで車を作る方が安いことが判明したとき、幹部は決断しました。そして早速彼らは新しいデザイン(おそらく丸目以外にオープンなキャビンとかも)を顧客にテストしたところ、反応はすぐに肯定的であることがわかったのです。この新しい顔をはじめとしたデザイン言語は傑出してよく売れる特徴となりました。jeepのファンクラブのTシャツに「リアルジープは丸目だ」と書かれるまでになりました。
このあと同様にRapailleがカルチャーコードに重きを置いたキャンペーン(国ごとに違う施策、例えばフランスのカルチャーコードではjeepはアメリカ兵、第二次世界大戦時のパリ解放をイメージされるため製品名にlibertyを採用する等)がヨーロッパ市場で成功を収めていくことでカルチャーコードのビジネス有用性が実証されていったそうです。氏の著書、culture codeには他にもリッツカールトンやネスレの事例が出てきます。ネスレがコーヒー文化のない日本でマーケティングする際に、まずはデザートのフレーバーとして若者に広めて、時間をかけてコーヒー文化をカルチャーコードに埋め込んでいったエピソードなどが出てきます。

グローバル企業とカルチャーコード

このカルチャーコードリサーチに力を入れている代表企業としてsteel case社があります。彼らはオフィス環境をデザインするために、各国の企業のオフィスのカルチャーコードを様々な視点から浮き彫りにし、製品開発に活かしています。"360 culture code"(リンク先はPDF)というブックも制作しており、非常に参考になります。

このブックの中にも登場しますが、経済学者のPankaj Ghemawat氏は著書、”World 3.0:Global Prosperity and How to Achieve It”の中で世界は未だにフラットではない。その国の文化や慣習、地域性や国境がいまだに個人や 企業の行動に大きく影響を受けていると指摘しています。グローバルビジネスをする企業ほどこの観点は重要でしょう。

samsung社は社員が事業立ち上げ対象国のカルチャーコードを理解できるように、その国での事業立ち上げの前に1年間、カルチャーコードを吸収に専念するだけの時間を与えて移住してもらうそうです。

カルチャーコードは、どういったことがその文化圏で好まれるかという文化的視点なので、数値的なスペックとは別なやり方で価値観を明文化することができるのです。スペック競争での限界が見えた成熟商品が多い現在では尚更注目すべき観点です。

カルチャーコードの遺伝子組み換え

私も何度か海外の特定市場向けに製品をデザインしたことがあり、カルチャーコード理解の必須を感じた経験があります。そういうプロジェクトでは現地の方に色々教えていただくのですが、中東向けのプロダクトデザインをした際は、静音すぎると効果がないと思われるよとかミニマリストっぽすぎるのは男性っぽく感じないよって教えていただいたり、中国の富裕層向けのプロダクトをデザインした際には中国的な豪華に感じる意匠ポイントを教えてもらったりしました(もちろん上記はほんの一部で実際は大量のカルチャーコードを抽出します)。

つまり、カルチャーコードとは何かをデザインする際に有効な視点であり、道標です。何か商品やコンセプトを浸透させる際には、その文化圏のカルチャーコードを理解し、エッセンスをアイデアに組み込むこと、ひいてはカルチャーコードを誘導し変化させることが重要なのです。そのようにカルチャーコードの一部を更新するように働きかけることを私は"カルチャーコードの遺伝子組み換え"と名付けています。ネスレの事例などはまさにカルチャーコードの遺伝子組み換えだと考えています。

組織文化におけるカルチャーコード

カルチャーコードの範囲は国だけではありません。地域、家族、コミュニティといった単位でも抽出できます。会社組織にもカルチャーコードが存在しています。「仕事ができる人」や「いい上司」等の言葉に対してイメージする人物像は組織のカルチャーコードによって違うことでしょう。いいデザインという捉え方も違うはずですし、好まれる意思決定プロセスや働き方も違います。

組織のカルチャーコードを研究し、そこに指針や規範となるものを少し加える、つまり組織のカルチャーコードを明文化した上で遺伝子組み換えすることで、組織ごとにフィットした、新しいその組織向けのカルチャーコードも作りやすいはずだと考えています。

組織の既存のカルチャーコードを抽出して因数分解すれば、既存のカルチャーコードの構造がわかる。変化させるべきところも明快になる。明快になった場所のみ手を入れて再構成すれば、組織の既存のカルチャーコードとの馴染みもよく、浸透される新カルチャーコードが作れるのではないか。これは経営側が、従来の規範や行動指針という表現で作るメッセージより浸透するのではないか。リサーチのための切り口はそのまま逆流させればリサーチ対象そのものを構成し直せるのでは?という考え方です。遺伝子組み換えのようなプロセスを踏むことで、組織文化を成長させるメソッドとして使える可能性を感じていました。

Coineyの事例

私も所属するCoiney社では全社を導く指標としてCoiney Culture Codeを作り、運用を始めました。
まだ浸透を始めたばかりですが、早くもメンバー間で共通言語が生まれ始めるなど効果が出始めています。

上記(組織文化におけるカルチャーコード組み換えのアイデア)を考えていたタイミングに、Coineyの創業メンバー(代表:佐俣 tw: @adwarf、リードデザイナー松本 @stam_mats2、そして私)で行動指針を明文化するプロジェクトが立ち上がりました。
組織も次のフェーズだし、そろそろまた行動指針を明文化したいねという話が出てて、でもミッションとかバリューとか行動指針って表現としてしっくりこないよねとなっていたところ、代表の佐俣にこのカルチャーコードについて話したところ、それいいじゃん!!となりました(Coiney Culture Codeと命名)。メンバーへのインタビューやディスカッション等を実施し半年をかけて抽出、構造化し再構築。出来上がったカルチャーコードは、組織内外から多くの共感を集めることができ、社内の一体感や共感を強められています。(Coineyのカルチャーコードについてはこちらのエントリーを)

多くの企業が、自社のカルチャーコードの抽出に時間をかけずに、何処の組織でも通用するような行動指針とかミッションとかバリューを作りがちですが、Pankaj Ghemawat氏のグローバル経済の話と同様で、本来はその組織のカルチャーコードの抽出から始め、深く理解し、かつそれを導くような指針にしないと浸透しないはずだと考えています。

組織の行動指針的なものを定義する際にカルチャーコードという呼び名を付けている企業は日本では多くないかと思います(ググったら24-7さんとコムニコさんくらいしかいなかった。海外はまぁまぁある)。本来はリサーチ対象に使われる用語だからなのかもですが、組織文化の表現として使われる企業はこれからさらに増えていくかと思います。逆説的にカルチャーコードをデザインするというアプローチは結構やりやすいとも思います。

すでにそこにあるものをなぞる

デザインするとか何かを作り出すという際に、私達はつい、目新しい技術やトレンドを選択することを優先しがちです。そして、受け取る側の文化への配慮が抜け落ちます。受け取る側の文化に寄り添えない新しい提案はなかなか広まりません。一番最初にやっていたのにその市場で生き残れなかった企業の多くがその轍を踏んでいました。プロダクトデザイナーの深澤直人さんは、著書「デザインの輪郭」の中で"周りの空気を描くことで見えてくるものが、そこに存在すべき姿である。周りの空気と無関係な輪郭を描くことは、星という実態が見えずに、空を観て描いた空想画のようなものである。輪郭を成す要因は、誰しもが共有している。だから、誰もが輪郭を既に知っている。ただ、それを自覚していないだけなのである。"(p.19)と書かれています。デザインとは、ある環境にものを置いた際に、周囲との関係性から浮かび上がる輪郭をなぞるようなものだ、というような発言をされています。カルチャーコードというのは環境であり、そこに投入される機能やサービスのあるべき姿は、カルチャーコードを読み解くことで浮かび上がってくる、それをなぞることで「受け入れられるデザイン」が実現できると読み解くこともできます。

まだまだ研究中

カルチャーコードについて、私自身まだまだ研究中なので、こんな事例あるよとか、うちはこういう風にサービス開発やマーケティングに使ってるよとか情報頂けると嬉しいです(引用RTとか!)。デザインを考えていくと最終的に人とは、文化とは、というところに行き着いていくのがデザインの面白いところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?