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ブラジル史上最悪の環境災害

最近、ESGやSDGsというキーワードを毎日のように目にするようになりましたね。

エコバッグやマイボトルなど私たちの身近なところから、一人一人できることを取り組み、環境や温暖化問題に意識を向けるのは大切です。

ですが、これで満足した気になってはいけない、と思えるような環境破壊の事件が、世界に目を向けると沢山あります。

まずは世界の現実を知るところから始めなくとはと思い、先日、斎藤幸平氏の”人新世の「資本論」”を読みました。

次の記述がとても印象に残ったので、以下抜粋します。

資本主義と環境危機の関係を分析するにあたって、まずは、グローバル・サウスに目を向けてみよう。グローバル・サウスとは、グローバル化によって被害を受ける領域ならびにその住民を指す。―中略
2019年に起きたブラジル・ブルマジーショ尾鉱ダムの決壊事故では250人以上が死亡した。このダムは、資源三大メジャーの一つであるヴァーレ社の所有で、鉄鉱石の尾鉱(選鉱の際に生じる水と鉱物の混ざったスライム上の廃棄物)を溜めておくダムであった。
ヴァーレ社は2015年にも同様の事故を、別のダムで起こしていたが、今回もずさんな管理によって決壊事故を引き起こし、数百万トンの泥流が近くの集落を一気に飲み込んだのだ。尾鉱があたり一面にぶちまけられることで、河川は汚染され、生態系も深刻なダメージを負った。
これらの事故は単なる「不運な」出来事なのだろうか。いや、そうではない。事故が起こる危険性は、専門家や労働者、住民たちによって繰り返し指摘されてきた。それにもかかわらず、国や企業はコストカットを優先して、有効な対策を取らず放置してきたのである。これらは、起こるべきして起きた「人災」なのだ。

この"ブルマジーショ尾鉱ダム決壊事故"とは、なんだったのか、なぜ起きてしまったのか、気になったので今回記事にまとめました。

こちらの記事は、以下の調査報告書を参考に作成しています。
https://fairfinance.jp/media/495531/ffg2020_mining_casestudy.pdf

ブルマジーショ尾鉱ダム決壊事故とは

ブルマジーニョ尾鉱ダム決壊事故は、2019年1月25日にブラジルのミナスジェライス州ブルマジーニョで鉄鉱石の尾鉱(びこう)を蓄えていたダムが決壊してしまった事故です。

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ダムから流出した泥流が下流の街を覆い、ダムの社員食堂で食事をしていた従業員やその家族たちは、有毒な鉄鉱石を含む汚泥の波に飲み込まれ、少なくとも250人の命が奪われました。

前述のとおり、ブルマジーニョ尾鉱ダムは、ブラジルの総合資源開発企業であるヴァーレ社が所有していましたが、同社のダムは2015年にも同様の事故(ベント・ロドリゲス尾鉱ダム決壊事故)を起こしています。

以下の写真はベント・ロドリゲス尾鉱ダム決壊事故後の村の様子。

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ベント・ロドリゲス尾鉱ダム決壊事故は、ブラジル史上最悪の環境災害とされていましたが、2019年に起きたブルマジーショ尾鉱ダム決壊事故はそれを上回る規模の大災害となりました。

ミナスジェライス州南東方面の狭い地域で二度の事故が発生した関係で、周辺地域すべてが汚染され、作物が安全でなくなっているという風評被害も広がっています。

現状、そのことによる農家への経済的な打撃が大きく、農産物の価格は総じて大幅に低下しており、加えて代替水源確保の費用がかかっているために生計が成り立たなくなっている農家も少なくないといいます。

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ブルマジーニョ市としても、風評被害を含めた農家への影響をヴァーレ社の賠償範囲に含めるための被害実態の調査や公聴会を開催しているが、その補償はまだ実現していないとか。

ヴァーレ社に対しては、事故発生直後にブラジル当局が財産の差し押さえに動いており、即座に118億レアル(約3300億円)の資産を凍結しています。

2021年5月28日、377億レアル(約7200億円)の和解金を支払うことで、ブラジル連邦政府及びミナスジェライス州政府と合意しました。

ブラジル・ヴァーレ社について

ブルマジーニョでは誰もがヴァーレ社を疑いのまなざしで見ます。

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ダム決壊が起きるまでは、ブルマジーニョ市内の労働者や周辺住民に対して手厚い福利厚生があったことから、ヴァーレ社への信頼は決して悪いものではなかったようです。(活動家マリーナ・オリベイラ氏)

オリベイラ氏自身、ブルマジーニョ市で生まれ育ち、ダム決壊が起きるまで何の疑問も持つことなく過ごしていましたが、2019年1月25日以降、すべて変わったと語ります。

手厚い社会福祉を装った裏側で危険を顧みない操業がされていたことがまず見えてきました。そして調べれば調べるほど、自分の生まれた町の資源がいかに安値で奪われてきたのかが明らかになり、怒りを覚えるようになったといいます。

彼女をはじめとして、ブルマジーニョ市内の多くの住民はダム決壊のことを"事故"とは決して呼ばない。人びとにとってダム決壊は犯罪性が明確に存在する"事件"であると。

実際にヴァーレ社内では何度も当該ダムの危険性に気付かされる機会があったにも関わらず、対策を取らなかったために発生した人災であるという見方が非常に強いです。

監査法人はなにをやっていた?

2018年9月、ドイツに本社を置く監査法人であるテュフ・ズード社がダムの点検を行なった結果、問題は見られないと報告しています。

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このことがヴァーレ社が事前に問題があることを知りえなかったとする根拠として繰り返し主張されてきました。

ところが、認証にあたっての監査報告書を具体的に見てみると、当該ダムがブラジルの国内法に準拠していることを保証したものの、英国BBCのニュースによれば、テュフ・ズード調査員は複数の懸念される問題が存在することを提示していたのです。

●ダムB1の液化に関する調査は終了しましたが、すべてが通過しないことを指摘しています(2018年5月13日)
●このダムには液状化の問題があります(2018年11月9日)
●私たち専門家は、これらの手続きで言及されたダムの安定性を確認することができません(2019年3月12日)
●第一ダムの液状化に関する調査を終えようとしているところだが、調査結果はどれをとっても認証できないものだ

これらのやりとりの後、テュフ・ズード社は計算方法を変更して再検証し、問題がないとする報告書を出しています。

監査を行なったテュフ・ズード社でも尾鉱ダムの液状化リスクを認識しており、しかも当初のリスク計算モデルではどうあがいても認証できないほど高いリスク状況であったにも関わらず、計算式を調整することでリスクを軽微なものに見せて、認証をしてしまったのです。

この件に関してテュフ・ズード調査員のマコト・ナンバ氏は、ヴァーレ社から"圧力がかかった"と証言をしています。

これらのリスクが一年近く前から予見されていたにも関わらず、未然に防ぐことができなかったのは意図的でなかったとしても、重大な過失が存在することは明確です。

ヴァーレ社と日本企業の関係

2019年11月のウォールストリートジャーナル紙報道によれば、ダム決壊の2週間前にもヴァーレ経営陣は社内から匿名の通報で当該のダムが危険な状態にあることが知らされていたと捜査当局が明らかにしました。

しかし、経営陣はダムへの対策を講じるのではなく、通報者を会社に巣くう「がん」であるとして個人の特定を急がせたという。(なんてこったい...)

こうした状況から、ヴァーレ社には深刻なガバナンス上の問題が存在し、そのことが270名の命を奪い、多くの農家の生活を脅かす事態へと発展したと見ることもできます。

こうしたガバナンスの問題は2015年のマリアナ・ダム決壊時に十分な調査を行なうことで予見できたはずのものであり、それを黙認してきた取引先にも責任の一端があります。

とりわけその責任が追及されるべき日本企業は三井物産株式会社です。

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三井物産にとってヴァーレは一取引先では収まらない関係性にあります。

三井物産は2003年よりヴァーレ社の持ち株会社Valepar社の株式 15%を保有していましたが、Valeparが解体される際に現在のヴァーレ社の直接の株式へと保有替えをし、5.58%の株式を有しています。(以下、三井物産の決算説明資料_2021年6月9日)

みつい

この割合だけ見ると非常に影響力の少ない株主であるように見えますが、三井物産以外の大口株主はブラジルの連邦貯蓄金庫年金基金などが含まれるLitelファンドを筆頭として、バンコ・ブラデスコからスピンアウトした持ち株会社Bradesparやブラジル社会経済開発銀行傘下のBNDESParなどの金融系です。そのことから事業に直接関係する株主としては、三井物産が5.58%でありながらも筆頭株主であり、経営には大きな影響力を行使しています。

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人災を引き起こしたヴァーレ社および同社と関係性の深い三井物産に投融資をつづけることは、多くの人の命を奪うビジネスモデルを肯定し続けることにつながってしまいます。

ヴァーレ社の株価は2019年1月に発生した"ブルマジーショ尾鉱ダム決壊事故"後から下がっているものの、その後はぐんぐん上がっています。環境問題だなんだ言っていても、結局これが利益至上主義の資本主義社会かと少し思ってしまいます。

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いまいちど、ガバナンスの重要性について再認識し、二度とこのような悲惨な事件が繰り返されぬよう、できることを考えたいものです。

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