陸理明(クガ ミチアキ)

「かくて聖獣<ユニコーン>は乙女と謳う」でプロになりました。 ずっと作家・菊地秀行先生…

陸理明(クガ ミチアキ)

「かくて聖獣<ユニコーン>は乙女と謳う」でプロになりました。 ずっと作家・菊地秀行先生に憧れています。クトゥルー時代劇「邪神本能寺」(創土社)発売。マーダーミステリーアプリ「ウズ」よりマダミスシナリオ『屈折して密室』が。変格ミステリクラブメンバー

最近の記事

『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』ショートストーリー「魔薬事件」③

 運転中の僕の後ろで、ガラスケースの中の茶色い粉を色々な角度から眺めていた降三世警視がぽつりと言った。 「これから科捜研に分析を頼むことになるんだが、久遠くんはこれからどういう成分が検出されると思うかね?」  僕が思いついたのは、座学の知識によるものだった。   「アンフェタミンかメタンフェタミンあたりですか。アルカロイドとかもありかな。だいたい、そんなところじゃないんですか」 「なんだ、覚せい剤かコカインあたりだと思っているのか。―――違うね」 「お言葉ですが、被疑者の

    • 『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』ショートストーリー「魔薬事件」②

      「尿検査で一発だったそうだ。覚せい剤所持・使用の現行犯もコミで、起訴決定。検察に送致しておいた」 「スピード解決ですね」 「そりゃあ、現行犯で冤罪の出ようもないしな。部屋にも山のようにクスリがあって、証拠も取り放題。捜査するには簡単なヤマだった。ただなあ、最初に襲われた被害者はまだ集中治療室で意識が戻らないそうだ。可哀想に、運がねえよな」  通り魔事件というのはそういうものだ。  誰にでも平等という訳ではなく、ただ単に事件発生時にたまたま巻き込まれただけの運が悪い人たちでし

      • 『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』ショートストーリー「魔薬事件」①

         事件は、駅前の大通りで起こった。  とある雑居ビルの入口から通行人のひしめく通りへと現れた男は、しばらく立ち尽くしたあと、数日前の積雪のときに使われて放置されていたスコップを掴んだ。  男はそのまま躊躇することなく、通行人の一人に背後から襲い掛かり、スコップのシャベル部分で殴打した。  何度も何度も執拗に叩き続け、止めに入ろうとした勇気あるサラリーマンたちにすら牙を剥き、最後には遠巻きに見つめ続ける野次馬にまでスコップを振るった。  事件の発生から8分ほどで駅前の交番から

        • 『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」⑦

           おおまかな事件の真相は降三世警視の推理通りだった。 「……山岸が憎いわけじゃなかった。ただ、あいつの腹の中に忘れた私のペアンが見つかったらすべてが終わると思った。あいつは私のことを疑ってすらいなかったから、気は咎めたが、あのときはそれどころじゃなかった。教授選挙に負けることだけが怖かった……。本当に怖かった」    被害者の内臓は、信州にある加藤の別荘の大型冷蔵庫に保管されているのが見つかり、それが決定的証拠となった。  凍らせたのちに、庭に穴を掘って捨てるつもりだったの

        『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』ショートストーリー「魔薬事件」③

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」⑥

          「医者ですか……」  通り魔以外で、山岸の殺害者としては外科医の加藤が怪しいというのは、捜査本部でもささやかれている話だった。  遺体の内臓を手際よく解剖したりするには、やはり慣れている技術の持ち主でなければならないということだ。  実際、加藤のアリバイはない。  ただし、動機が見つからない。  被害者とは高校時代からの親友であり、これといった確執もなく、かといって金目当ての犯行に走るほど金に困っている訳でもない。  それに、大学病院の教授選挙にでるぐらいだ。  スキャンダ

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」⑥

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」⑤

          「お久しぶりです、警視」 「忘年会ぶりだね!」 「あの悪夢の飲み会って忘年会の範疇に含まれているんですか。世の中って奇々怪々ですね」  仲が良いわけでもないのに、僕は年末に信仰問題管理室の飲み会に参加させられた。  面子は僕と警視と吉柳鳶彦の三人だ。  それがどんな結末になったのかは、ぬくぬくと惰眠を貪る連中には絶対にわからないだろう。  おかげで僕は三ヶ月ほど回復しない精神的瑕疵を負ってしまった。  心という器にはいったん罅が入ったら元には戻らないというのに、管理室の悪魔

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」⑤

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」④

          「あいつが恨まれるってことはないんじゃねえかな」  不動産会社を経営する西川幸次は、事務所の来客用のソファーでそういった。  色白の、どちらかというと体調の悪そうな男だった。  事前の捜査によると、経営しているビル不動産は順調で、実務は従業員に任せっきりのようだ。 「そもそもさ、ニュースとかじゃあ通り魔の犯行だろうって話だったけれど」 「確かに、捜査方針は通り魔事件となっていますが、やはり被害者のそれぞれの事情も調べなければならないもので。お友達を亡くされたばかりで傷心の

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」④

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」③

          「主人は……ここ数か月は着替えを取りにくるだけで、ほとんど家には帰ってきませんでした」  被害者の山岸の妻多江は、そう答えた。  そもそも夫婦仲は冷めていたうえに、鎹となりそうな子供もおらず、一年近くまともに会話も交わしていないそうである。  一週間に一度、山岸から電話があったとき着替えの準備をして、替わりに置いておく汚れた衣類を洗濯して畳んでおくのだけが夫婦間のコミュニケーションだったらしい。  彼女はピアノの講師をしているということで、自分だけで生きるスキルもあり、山岸

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」③

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」②

          「―――死体から内臓を抜き取るのは、まあ簡単だ。まず、殺してから血抜きをする。これをしないで体内に血が残っていると、腹を切った時点での腹圧がやばいことになったりするから、水分としての血液はすぐにでも抜いたほうがいい。これは殺してから約一時間以内にするべきだ。それから、腹を喉から下腹部まで縦に裂いて、アルファベットのTが逆になったように下腹を横に切る。切腹の要領だ。これから、小腸と大腸を引っ張り出し、胸腔と腹腔をわける横隔膜に気を付けて、心臓と肺を引っこ抜けばいい。食道と直腸を

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」②

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」①

           僕こと久遠久の配属されている所轄署の繁華街で、その事件は起きた。  遺体を発見したのは、深夜を過ぎて明け方まであと少しという時間になって帰宅しようとしたサラリーマン。  駅から自分の家への近道をしようとたまたま入り込んだ路地裏で、何か軟らかいものを踏みつけ、下を見たらそれが人間の掌だった。  加えて、彼が近づいたことで走り去って逃げていく人影。  サラリーマンはそれなりに酒を飲んでいたようだが、すぐに酔いから覚めて、急いで警察に通報したことで事件が発覚する。  すぐに近所を

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第5話「喰人事件」①

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」⑥

          「犯人を逮捕するって……そのティンカーベルの猟犬をですか?」 「ティンダロスだよ、ティンダロス。まったく、覚えが悪いな、君は」 「いや、待って、ください。だから……」  すると、警視は部屋の入り口に行き、中から扉を閉めた。  立て付けがよすぎるといえるぐらいに、すっと扉がはまる。  警視は、もう一度開けて、枠の一部を覗き込む。 「……鍵がこすれてできた跡があるね。例の頼りない補助錠というのはここについていたという訳か」 「ええ、跡については鑑識が調べて一致しているとのこと

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」⑥

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」⑤

          「いいかい、久遠くん。時間は単に空間の新たな次元に対する私たちの不完全な認識でしかないんだよ。時間と運動はどちらも幻想なんだ。世界の初めから存在していたすべてのものが今でも存在している。この地球で何世紀も前に起こった出来事は、別の空間の次元に存在し続け、何世紀にもわたってこれから起こる出来事はすでに存在しているが、それらを含む空間の次元に入ることは叶わないため、その存在を知覚することができないだけなんだ。この地球に存在する人物の生涯は繋がりあい、これから送る人生もすべて一つの

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」⑤

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」④

           降三世警視が戻ってくると、吉柳鳶彦は何事もなかったかのようにその場から去っていた。  しかも、自分のデスクでやりかけの仕事を再開している。  やはり思考形態がそこいらの人間とは確実に違う。  思考が違うというと、人生で最初にそれを実感させられた狂人が勝手に僕に出されたコーヒーを飲みながら寛いでいた。  何一つ断りも入れないところが完全にまともではない。  が、色々な意味で助けてもらった直後なのでここはスルーしておいてあげるとしよう。 「で、久遠くんは私に何の用なんだい?」

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」④

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」③

          「……ですからあ、細貝社長は飲むたびに言ってたんですよ、俺は奴らに狙われているって」 「そこはわかった。だから、何から狙われてたのか、とこっちは聞いてんだ。細貝を殺したがってたのは誰かってことをよ」 「さあ、社長は犬みてえにしつけえ連中だとは言ってたけど名前や素性までは教えてもらえなかったから……」 「じゃあ、どうして狙われてたかのかってのはどうだ? 殺すほどの理由なんて、そんなにないだろう」 「強引な人だっだけど、恨まれるほどじゃあねえとは思う。仕事の指示もイミフなのは多い

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」③

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」②

           被害者は、細貝匡史。  年齢は四十代だということしかわからない。  何故かという、経歴に不明な点が多々発見されたからである。  まず、戸籍自体が被害者のものではなく、数年前にホームレスであった細貝匡史から売られたものであり、免許証も偽造、その他のものも偽造か虚偽という謎の人物であったのだ。  勤め先は、細貝自身が代表取締役を務めるLLCフューチャー・ワークス。LLCとは合同会社の略で、お手軽に設立できるので最近増えてきている会社形態だ。  フューチャー・ワークスは多角的に事

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」②

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」①

           事件が発生したのは、隅田川に近い一軒家だった。  朝、署に出勤してから、昨日までの書類を片づけているだけの手持ち無沙汰な時間が一段落ついたときに通報がなった。  強行班係の全員に聞こえるアナウンスが、「○×町二丁目5番地29の一軒家において男性の遺体が発見されました。刑事課強行班は直ちに現場に急行せよ。繰り返す……」と伝える。  僕は殺人・強盗・誘拐などの凶悪犯罪である強行犯を相手にする強行班係に所属する刑事だ。  僕と藤山さんは佐原先輩の運転で現場へと向かった。  現場の

          『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第4話「球形密室事件」①