寺内町今井を歩く-地域のお宝さがし-37
所在地:〒634-0812 橿原市今井町
■寺内町の誕生■
●はじまりは吉崎●
寺内町は、室町時代中期(15~16世紀)以後、一向宗(浄土真宗)徒が建設した集落です。蓮如上人によって、まず吉崎(福井県あわら市、文明3年=1471)が開かれ、その後、山科(京都市)、石山(大阪市)など、摂河泉や大和に多くの寺内町が建設されました。その中心となるのが、「御坊」や「御堂」と呼ばれる寺院です。町中は碁盤目状に道路が設けられ、宗徒の詰所である多屋が配されるとともに、土塁や壕がめぐらされるなど、軍事的な性格も備えていました。
畿内の寺内町では、今井(奈良県橿原市)、富田(高槻市)、枚方(枚方市)、久宝寺(八尾市)、富田林(富田林市)、貝塚(貝塚市)などが著名ですが、ここでは今井について見てみましょう。
■今井町■
今井町は、今井兵部によって天文年間(1532~55)に建立された称念寺(御坊)がはじまりといわれています。外敵などの防禦のため、町の周囲は壕と土塁で囲繞され、出入口には門が設けられ、僧侶や門徒などの住民を守るために武力が備えられました。織田信長が天下統一を計っていたころ一向宗と敵対し、各地で一向一揆が起こりました。今井町も外濠を掘削しますが、信長との和睦などによって16世紀後半に埋め戻されたようです。その濠跡が、近年発見されています。外濠の幅は約15m、深さが約80cmの規模であったようです(注1)。
江戸時代には天領になりますが、町政は惣年寄・年寄が担当し、町は材木の商いや酒造業などにより在郷町として栄えました。町内に現存する約500棟の伝統的建造物には、重要文化財9件、県指定文化財3件、市指定文化財5件が含まれます。平成5年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。
注1)産経新聞 平成23年(2011)11月22日
●町割●
町は、東西約600m・南北約310mの長方形で、周囲に環濠が設けられ(一部復元)、9ヶ所の門跡が残されています。東西方向に、北から北尊坊通り・大工町筋・中町筋・本町筋・中尊坊通り・御堂筋・南尊坊通りなどに直交して、南北方向に道路が配されていますが、見通しがきかないように道路を食い違わせる工夫がされています(図1)。
図1
なお、大阪では、東西方向の道路を「通(とおり)」、南北方向の道路を「筋」と称して方向性を示していますが、図1を見る限り、東西方向の道路名に「通り」・「筋」が混用されています。
●御坊●
御坊の称念寺(図2~3)は、町の南西寄りに配され、前面の道路が「御堂筋」、その北部の道路は「本町筋」(図4)です。
図2
図3
図4
「御堂筋」は御堂の前の道路、本町は主要な町を示しますから、この付近が今井町の中心であったと思われます。ちなみに、大阪にも「御堂筋」があり、「御堂筋」が一般名詞であることが分かります。
●町家●
町家は、階高の低いつし2階、防火を考慮して壁や軒裏は漆喰で塗り込め、屋根は瓦葺きにされています。代表的な町家を見てみましょう。
①今西家(図5~6、慶安3年=1648、重文指定:昭和32年=1957) 惣年寄筆頭の家柄で、当初は河合姓でしたが、5代目から今西氏を名乗るようになったそうです。
今西家は町内最古の建築で、本町筋の西端、西口門跡付近に位置し、復元された環濠に面しています。1階は、腰板張りに太い木割りの格子などで構成され、つし2階の長大な格子・軒裏・外壁ともに漆喰で塗り込められています。屋根は入母屋造り・本瓦葺きで、大小の屋根が設けられ、城郭を思わせる外観です。
図5
図6
②音村家(図7~8、17世紀後半、重文指定:昭和47年)中町筋北側に位置し、1階は格子、2階はつしの左右に虫籠窓(むしこまど)が設けられています。屋根は切妻造り・本瓦葺きです。屋内には、「一口竈」が復元されています。
図7
図8
③旧米谷家(図9~10、18世紀中期、重文指定:昭和47年) 中町筋北側に位置し、1階は腰板壁・漆喰壁と格子、2階はつしの左右に虫籠窓が設けられています。屋根は切妻造り・本瓦葺きで、下屋の両端に袖壁、本屋中央部に煙出しが残され、屋内の土間には五口の竈が設けられています。
図9
図10
④高木家(図11~12、19世紀初期、重文指定:昭和47年) 中尊坊通りの東端に位置し、1階は腰板壁と格子、2階はつしの中央部に窓が設けられています。屋根は切妻造り・本瓦葺きです。屋内の土間には三口の竈が設けられています。
図11
図12
音村家・旧米谷家・高木家の建築時期には、50~70年程度の隔たりがあり、音村家と高木家では100年以上の差があると推測されます。つし2階の高さ(階高)に注目すると、音村家・旧米谷家では大きな差はありませんが、音村家・高木家では、明らかに高木の階高が高いことが分かります。高木家の建築時期は19世紀初期で、2階はそれより遅れるようです。町家の2階部分は、時代が下がるほど階高が高くなる傾向があり、明治以降になると2階が居住空間になるため、さらに高くなります。屋内の違いなどは分かりにくいですが、外観を見比べて、その時代の違いを感じとることも、町歩きの楽しみの一つです。
■閑話休題■
今井町が選定された「重要伝統的建造物群保存地区」は、文化財保護法に規定される文化財の一種で、「重伝建地区」・「伝建地区」はその略称です。文化財保護法は昭和25年に制定されますが、昭和30年代以降の高度経済成長よる歴史的環境などの破壊には対処することができず、昭和41年の「古都保存法」(略称)は、奈良県・京都市・鎌倉市に限定され、その他の地方や町並・集落などの景観は対象外でした。そのため、昭和40年代の各都市の歴史的環境を守ろうとする運動に対し、条例による行政指導が行われるようになり、昭和50年の文化財保護法の改正によって「重要伝統的建造物群保存地区」の選定が定められました。
地区の選定に際し、住民の十分な理解が得られなければ保存はできないなどの点が一般の文化財指定とは異なり、さらに、建造物は「群」としてその周囲の環境までも含むという視点も、従来の文化財保護法にはなかったものです。なお、平成30年8月17日現在、「重伝建地区」は、98市町村・118地区が選定されています。
関宿伝建地区(三重県)
大森銀山伝建地区(島根県)
妻籠宿伝建地区(長野県)
川越伝建地区(埼玉県)
仲町伝建地区(青森県)
荻町伝建地区(岐阜県)