建築家小笠原祥光の仕事⑥ -地域のお宝さがし-88

■商業建築■
 建築家小笠原祥光が、16年間の設計活動期間に携わった仕事は、判明するだけで116件におよびます(注1)。その中で、写真などで意匠が判明する作品は35件です(表1)。

 このうち、洋風意匠は29件で、内訳は、商業建築23件、住宅3件、教会・学校3件です。大阪で設計活動をした建築家は、大阪以外では西日本での仕事がよく見られますが、小笠原は東京でも4件確認されます。なかでも、銀座館(銀座三越、昭和2年[1927])と山王ホテル(昭和5年)は注目されます。
 小笠原の商業建築の意匠は、装飾系と非装飾系に分けることができます。また、小笠原の作品について、「意匠密度が高く、配置やプロポーションに独特のバランス感覚を示す作品が多い」と評価されていることは、第83回で紹介しました。そこで、先ず、装飾系意匠の作品を見ていきましょう。
 

注1)北港住宅(1~3期)では445棟の住宅を設計しているが、1期1件とし            た。

●装飾系意匠の作品●
①吉原商店(昭和3年、図1) 同店は、『近代建築画譜』(以下、『画譜』復刻版、2007年)では、「吉原製油株式会社店舗」とありますが、ここでは、「吉原商店新築工事概要書」(以下、概要書)の標記に従います。
 「概要書」所収の立面図を見ると、東面の玄関の周囲は1階部分、他は半分の高さまでを石張りとし、玄関の上部と左右には、頂部を半円アーチとした縦長の開口部が設けられています(図1右側)。ロマネスク様式を示す、3連の半円アーチやコーニスに施されたロンバルディアバンド、レンガ張りの壁面に生ずる陰影、立面の高低差などの変化に富んだ意匠で、水辺の風景と溶け合う美しさを見せた作品です。

図1 吉原商店外観

 図1の裏面に、「左右3寸2分」の朱書でトリミングの指示が記されています。『画譜』の写真を見ると、図1の左側がカットされており、図1が『画譜』に掲載された写真であることが分かります。
②瀧富商店(昭和3年、図2) 同店は、正面の1階部分を石張りの列柱とし、柱頭部には渦巻状の文様を施し、その上部の水平帯にはランタンが設けられています。2~4階の壁面を垂直方向に6分割し、両端の1間は2~3階部分を一つの壁面として突出させ、4階部分と区別しています。

図2 滝富商店外観

 また、中央の4間には、頂部を半円アーチとした縦長の開口部が2~4階にわたって設けられ、内部をトレサリーでさらに3分割して垂直性が強調され、両端の壁面と中央4間の柱形部分はレンガ張りとし、その上部には角形のメダリオンが設けられています。最上部のコーニスは、中央の4間に持送りの装飾が施され、段差によって変化が付けられた意匠の作品です。
③カッフェーゴンドラ(昭和4年、図3) 同店は、正面を水平・垂直方向ともに3分割し、1階部分をレンガ張りとして基壇的に扱い、その上部の両端の壁面をトレサリーで4分割するとともに、その間の突出した柱形を水平方向に分割するなど、壁面全体が水平・垂直方向に分割されたアールデコ風に構成された意匠で、陰影による表情豊かな作品です。

図3 カッフェーゴンドラ

 ④吉田鹿之助商店(昭和10年、図4) 同店は、安宅商会、伊藤萬商店にならぶ小笠原の代表的な作品で、ルネッサンス様式を主にした近世復興式の意匠による、装飾密度が高い作品です。正面の1階部分を基壇的に扱い、その上部の水平帯は格間に区切られ、その内部にも装飾が施されています。2~4階の壁面は垂直方向に6分割され、両端は平滑な壁面に各階ごとの開口部、中央の4間には頂部を半円アーチとした開口部とジャイアントオーダーが2~4階にわたって設けられています。

図4 吉田鹿之助商店

 オーダーの脚部には文様が施され、2階の窓には手すり子が曲面に細工された手すり、3階の窓にはブラケット、さらに、コーニスには八つの十字形装飾が施されています。
装飾系の4作品には共通して、石張りなどによる基壇、壁面の分割、半円アーチの開口部などを用いた意匠が施され、様式にとらわれない自由さが窺われます。

■閑話休題■
 吉原商店は、明治18年(1885)に創業し、昭和10年吉原製油(株)と変更、平成15年(2003)に、味の素製油・豊年製油と経営統合し、現在はJ-オイルミルズとして継続しています(「J-オイルミルズHP」)。社屋は変わっても、会社の歴史が継承されていることに感心しています。
 学生時代だったか、本町を歩いている時に、吉田鹿之助商店を見ました。当時は、文房具店か何かだったと記憶していますが(調べたら、内田洋行でした)、こんなすごい建築があるのかと、驚嘆したことを覚えています。その時は、「建築家小笠原祥光」の名前すら知りませんでした。残念!!

次回は、非装飾系意匠の商業建築をみます。

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