樺太(サハリン)の建築①稚内~大泊-地域のお宝さがし-57
住所 〒097-0023 稚内市開運1丁目
■利礼ドーム■
平成21年(2009)の夏、稚内からフェリーで樺太(からふと、現サハリン)に行きました。訪ねた町は2ヶ所、10年以上経っても、戦前の日本時代を感じさせる建築物などは、強烈に印象に残っています。
最北端の稚内も初めてですが、「サハリンに行こう」と誘いを受けた時、即座に「利礼ドーム」を見たいと言ったほど、何故かその名前は知っていました。稚内に着いたのは夕方、当時、商店街の多くの店がシャッターを降ろしていて、人気がなく、わびしさを痛感しました。やっと見つけた店で夕食にありつきました。翌日、稚内駅で、「最北端の線路」「日本最北端の駅」の標識を見た時は、感激しました(図1)。
図1 最北端の標識
●稚内港北防波堤ドーム●
「利礼ドーム」は、「稚内港北防波堤ドーム」(以下、ドーム)が正式名称で、稚内から樺太へ向かう船客を、高潮の危険から守るために、昭和6年(1931)に整備されました(注1)。設計者の土谷實(図2)は、北海道帝国大学土木工学科の第1期生です。
図2 土谷實
土谷は、ドームの設計に際し、学生時代の講義ノートに描かれた、「ギリシャ・ローマ時代の神殿や劇場」などのデザインを参考にしたそうです。
ドームを海側から見ると、防波堤の様子が分かります(図3)。陸側では、全長427mの防波堤を、柱頭に正方形の板(アバクス)を載せたドリス式オーダーに似た70余本の円柱と、アーチによるアーケード(列柱廊)が支える内部空間(高さ13.2m)は圧巻です(図4~5)。
図3 ドーム(海側)
図4 ドーム(陸側)アーケード
図5 ドーム内部
注1)ドームに関する記述は、以下による。一般社団法人日本埋立浚渫協会HP「21世紀に伝えたい『港湾遺産』」、「海拓者たち」。土谷の肖像(図2)は、「海拓者たち」より転載。
●何を参考にしたのだろう●
ドームの設計に際し、土谷が参考にしたという、「ギリシャ・ローマ時代の神殿や劇場」とはどのような建築物なのだろうか。ドリス式オーダーによる列柱廊のイメージは、ギリシャ建築では、アッタロスのストア(図6~7、アテネ、復原)で感じることができますが、時代的にこれは無理です。
図6 アッタロスのストア外観
図7 アッタロスのストア列柱廊
ローマ建築では、メゾン-カレ神殿(図8、ニーム)の周囲に、コンポジット式オーダーの列柱廊が見られます。しかし、これらの建築物は、オーダーで列柱廊が形成されていますが、アーチが用いられていません。
図8 メゾン-カレ神殿外観
そこで、「オーダー+アーチ」の構成をみると、コロッセウム(図9、ローマ)やヴォルビリスのローマ遺跡(図10、モロッコ)が見られます。また、アーチを連続させたガールの水道橋(図11、ニーム付近)なども参考にしたのかなあと、妄想してしまいます。
図9 コロッセウム
図10 ヴォルビリスのローマ遺跡
図11 ガールの水道橋
ここで、わが国の「琵琶湖疎水」に気がつきました。多数の施設のうち、南禅寺境内の「水路閣」(図12、京都市、明治21年=1888)が著名です。「琵琶湖疎水」は、当時工部大学校(現東京大学)の学生田辺朔郎の卒業論文を実現したというのも驚きです。
図12 南禅寺水路閣
などなど、土谷が設計の参考にした建築物などが具体的に分かる訳ではありませんが、多様な資料を参考に、大変な苦労をして設計したことは窺えます。
■いざ樺太・大泊■
フェリーは、大泊(コルサコフ)行きの「アインス宗谷(約2,000トン)」(図13)。
図13 アインス宗谷
日本人は約90人。自分の生誕地や戦前に住んでいた村を訪ねる人が多く、望郷の念をかなえる旅のようでした。話しをしていて、建築を見に行くというと、驚かれました。サハリンとの時差は2時間。現地時間の午後5時30分に到着。船上から見る大泊港は、タワークレーン、港の高台には多くの集合住宅などが見えて、活気が感じられました(図14)。
図14 大泊港
サハリンでは、戦前に敷設された鉄道が廃線となるなど、交通の事情は悪く、車が無ければ不便とのことでした。我々は、運転手付きのガイドを紹介してもらいました。港の待合室であったガイドは、大学で日本語を教えている先生でした。
大泊から豊原(ユジノサハリンスク)までは、車で約1時間とのこと。大泊港を出てすぐ、拓殖銀行大泊支店、港側にレンガ倉庫がありましたが、見る時間が無く、帰りは、車のワイパーがきかないほどの大雨で、大泊の町歩きは断念しました。
■閑話休題■
豊原では、前年開業したという、ログハウスの「ホテルベルカ」(ロシア語でリス)に宿泊しました。木の香りが良いのですが、部材の継ぎ目のコーキング材が目立ちすぎではないかと、思ってしまいました(図15)。洗面所には浴槽は無く、シャワーのみです(図16)。
図15 ホテル室内
図16 洗面所シャワールーム
TVをつけると、アニメ「ルパン三世」を放映していて、ロシア語の吹き替えが、日本人声優の声に似たしゃべり方をしていたのが面白く、以前、パリのホテルで見た「ど根性ガエル」も同様で、日本のことが分かるのかなあと、苦笑いでした。