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ほんとうに恐ろしいものは(1)

この話は、『Kカフェで会いましょう』の続きです

わたしが、はじめて『Kカフェ』を訪れてから、半年がすぎた。

あれから、月に1度は『Kカフェ』に顔をだせたらいいな~と思って、がんばって遊びに行っている。他のお客さんともだいぶ仲良くなった。

わたし、一目見たら忘れない姿かたちしているから、みなさん覚えてくれて、気さくに声をかけてくださるようになったんだ。

◇   ◇   ◇

わたしは、交通事故で植物状態になって、ふつうに生活できなくなった。でも親族がわたしのために莫大なお金と労力を費やしてくれて、生きながらえた。いまは『生体維持装置』というものにはいっている。

イメージとしては…高さ1メートルくらいの円柱の水槽に、生体維持液が入っていて、その中にわたしの『本体』がゆらゆらと浮かんでいる感じ。ちょっとしたオブジェみたいなんです。

もうちょっと詳しく説明すると、円柱の水槽の下には電源システムがあり、さらにその下にキャスター式の足が付いている。ほら、昔お掃除ロボットって流行ったじゃない?マンボ…?ちがう…ルンバ?なんかそういう名前のやつ。ちょっと足が遅いし段差に弱いんだけどいちおう自走できるんだ。いまどき可動式の『生体維持装置』はキャスターなんて採用してないんだよ。ホバリングしたりして動くし、なんならドローンみたいに空を飛ぶ人だっているのに、わたしは裕福じゃないからモデルチェンジできない。いつまでも昔の恰好。でも、そういうところがレトロフリークな人たちには受けるみたいで、けっこうモテるんだよ(?)。

円柱の水槽の上には記憶や言語、思考をつかさどるメインのコンピュータがあって、そこには健康状態や装置を管理するシステム、身分証明・料金支払いなどに対応するためのセキュリティシステムが設置されている。『本体』に埋め込まれている特殊な通信器具が、わたしの思ってることをそのメインコンピュータに発信することでいろんなことができるっていうわけです。例えば、しゃべりたいことを思い浮かべると、音声言語発信システムがおしゃべりしてくれる。

あと、おまけでAI生成ホログラム投影システムが付いている…これを起動すると、わたしが人間として生きていたころの姿が投影される仕組みなんだ。でも、すごく小さいんだよね、サイズが。30センチくらいかな。初訪問の時に渡辺さんが「小さいのもかわいい」っていってくれたんだけど(多分気を使ってくれた)、姿かたちがわたしの中学生時代の写真データをもとにモデリングしているものだから少し恥ずかしい。だって、その時代からもうン十年たっているのに…

……とまぁ、そういういでたちなものだから、公共交通機関を利用して移動するって結構大変なんだよね。でも『生命維持装置』を使っている人もたくさん増えたから、ニンゲンのかたちしてなくても、みんな優しくしてくれるようになったな。バリアフリー万歳。問題は、東京を走る電車、特に中央線なんだけど、ここは昔っから全然システムが変わらないの。わたしにとっては不便も不便。でもね、その不便さが、世界とつながれてる!って感じもする。便利さだけが人生を豊かにするとは限らないでしょ?だから『Kカフェ』に足を運ぶのは、わたしにとっていろんな意味で刺激的なんだよね。

いまわたしが生きている時代は、たいていのことはちょっと手を伸ばせばなんでもできちゃう。政府も本気出して、役所の役割をほとんどネットで済ませられるようにしたし、買い物もネットでできるのはもちろんだけど荷物の配送をニンゲンがやることはなくなったな。あと、レジャー関係……海外旅行とかも仮想空間で済ませちゃう人がほとんどになっちゃった。危険もないしね。いろんなメタバースが進むところまで進んじゃって、出歩く必要がないの。日本全国民ほぼ引きこもりの時代。

だから『中野ブロードウェイ』とか『Kカフェ』みたいな、”ちゃんとお店に足を運んで楽しむ場所”って本当限られている。でもそれもずっとあるとは限らない場所。大切にしたいなって思ってるんだ。

◇   ◇   ◇

夏も『Kカフェ』にいくぞ!って思っていたのだけれど、今年の日本、異様に暑くて、生体維持液の温度も上がりがち。煮えそう……さすがのわたしもちょっと7月と8月は外出を控えようかなと思っていた。

けれど、渡辺さんが、夏は『Kカフェ』で土曜20時半から『中野ブロードウェイ怪談』っていうイベントをやる!って告知した…しかも夏の間、土曜20時半にずっと開催するみたいで、凄く気合が入っている。本当は『Kカフェ』のメンバーシップ契約をしていれば、配信で観ることもできるんだけど、そういうイベントはちゃんと現場で体験する方がいいな~って思っているわたし。やっぱりこれは行くっきゃないよね!

そしてなんとなんと、こんな宣言をSNSでしていた!

「8/9から8/18まで、マスターが倒れるまで毎日開けます。」

通常、金曜・土曜・日曜の20時~23時で営業している『Kカフェ』を、10日間連続で開店するというのである!渡辺さん、大丈夫かな……

今年の8月は特別な夏になる……そう思った。

わたしはいつものようにまた、長い時間をかけて準備した。今回はイベントだし、迷惑かけたくないからちゃんと事前に装置のメンテナンスもしてもらったし、バッチリ。

そして土曜日、やっとこさっとこ中野に到着。余裕をもって家を出てきても結構時間がかかる。

中野ブロードウェイ入り口に到着したのが20時15分。間に合うのか…

インフォメーションセンターに立ち寄って、いつもの陶磁器のような白い肌のお姉さん(受付嬢のロボットさん)に『Kカフェ』に行きたいって伝えて、4階までサポートしてもらう。


館内専用のカートのような乗り物に乗せられ走り出した。

「今日もKカフェにきたんデスね?」
「はい、今日は怪談を聴くイベントがあるんです」
「カイダン?」
「ええ、怪談。怖い話。ブロードウェイの怖い話を聴くんです」
「ブロードウェイにコワイはなしなんてあるの?」
「結構あるみたいですよ、昔から。渡辺浩弐先生は、そういう中野ブロードウェイの怪談や都市伝説を集めていらっしゃるらしいです!」
「そうなノネ」
「明屋書店には渡辺先生のご本”中野ブロードウェイ怪談”が置いてあって、それは長い間中野ブロードウェイのお土産として売られているんですよ!」
「へぇ。今度ワタシモ読んでみたいと思います」
「ぜひ!」
「レイカちゃん、すごくうれしそうね。楽しみなのネ」
「はい」
「何時からナノ?」
「20時半からです」
「あら!じゃあ急がなきゃ。ちょっとトバシマスね!」

お姉さんはぎゅんっと乗り物のスピードを上げたのでびっくりした。
そしていつもの『Kカフェ』の近くまできた。

「ご案内はここで終了となりますが…あとはおひとりで大丈夫ですか?」
「はい、いつもありがとうございます」
「お帰りの際は、この発信機のボタンを押してインフォメーションセンターにお知らせしてください。では、楽しんでキテネ!」

そういってサポートのお姉さんは発信機をいつものように手際よくわたしに取り付け、笑顔で一礼すると、スーッとカートで帰っていった。

お店の扉は開いていて、『中野ブロードウェイ怪談』のポスターが見えた。


わたしはそーっとお店に入る。20時28分くらいだった。

すると、常連のおひとりがわたしを見つけ、「アッ」っという表情をしていた。わたしはちょっと恥ずかしい気分になって、店の隅の方にひっそりとたたずんで、イベント開始を待つことにした。

わたしの場所からは、渡辺さんの配信席が見えなかった。だからわたしが来たことも、渡辺さんはたぶんまだ気が付いていない。


わたしは、お店の正面にある大きなモニターにうつる、配信用の映像を観ることにした。

渡辺さんが、席について、マイクのチェックをし、いよいよ『怪談』が始まる……

(あ!!)

ここで、わたし、重要なことに気が付いた。

(わたし、怖い話苦手なんだった!!)

そう、わたしは一人でホラー映画や怖い話に対峙できない、怖がりなのである。

大好きな渡辺さんの作品でも「渡辺浩弐ホラー選集」「渡辺浩弐ホラーストーリーズ」など、そういったこわい類の物語は、ちょこちょこっと明るい時間に少しずつしか読めないくらいなのに……

(大丈夫かなぁ……)

胸がドキドキしていた。

<続きます>

作者覚書

2024年8月17日 10:00 に話を思いついてスタート
2024年8月17日 11:30 3400文字まで書く。

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