奥様の日

emiko様朗読作品
https://youtu.be/BL6MTWkh0iM?si=5wsvN8JO3MWZJXf6


房と畳は新しい方が良い


今のご時世こんな台詞を吐けばネットなら大炎上ものだ

俺だって女房とは最初は好きで結婚した

しかし、結婚した後は気持ちはどんどん下がっていった

気の強い俺の母との嫁姑の確執が起こり

息子が生まれてからはキレやすくなり、部屋も汚なくなった

息子が大きくなると部屋は多少片付いたが、今度はパート先の愚痴が多くなった

息子の前でもそれは変わらず

「嫌なら辞めれば良いだろう?パートなんて何処にでもあるんだから」

苛ついてこんなことも言ってしまった

それが逆効果だったようで

「子供にこれからお金がかかるんだから私は嫌でもパート続けなくちゃいけないの!そんなこと言うならあんたがもっと稼ぎなさいよ!」

等と攻撃がこちらにも来る

息子が成長し、結婚して出ていった後もパート先は変わらず

更に息子の嫁ともうまく行かず、女房の愚痴は増えていった


「いやあ参ったよ!うちの女房の愚痴が酷くてね」

喫煙所で同僚や部下と愚痴を言い合うのが癖になってしまった

女性社員も居るが、皆苦笑いをしている

「もうすぐ結婚記念日だから何かプレゼントもしないとな」

「え?課長の結婚記念日っていつですか?」

興味無さそうにしていた女性陣が急に食いついてきた

「え?ああ、9月30日。女房の誕生日」

なので結婚記念日兼誕生日祝いだ

「やだ!それって奥様の日じゃないですか」

何が楽しいのかきゃははと笑う

「奥様の日?確かに奥様女房様だな」

思わず笑ってしまった

「そうじゃなくて、今日は何の日?ってあるじゃないですか。あれです」

何でもこの日は働く女性に感謝するだそうだ

だったら旦那様の日も欲しいな

そんなことを思っていると

「課長の所もですか?僕もです」

部下の1人が答える

部下の左手薬指には結婚指輪

「いつの間に?結婚したなら祝い位させてくれよ」

式を挙げなくても報告くらいは欲しかったな

「まあ事実婚ですから」

事実婚?良く分からないが

「よし!今日は呑もう!結婚祝いだ!」

とりあえずは呑もう



「課長?大丈夫ですか?」

どうやら呑み過ぎたようだ

気がついたら居酒屋のテーブルにつっぷしていた

「ああ、すまんすまん」

支払いを済ませ、居酒屋の外に出る

涼しい風が吹いていて心地よい

すっかり秋だ

このまま歩いて帰ろうと思っていたら

「僕の家がすぐ近くに良かったら家で少し休んでいきませんか?妻を紹介します」

部下に誘われるまま部下の家にお邪魔した

「ただいま。今日は課長を連れてきたよ」

リビングに入った部下が彼の妻に話しかけている

「どうぞ課長」

部下に促され

「奥さんこんな時間にお邪魔してすみません」

挨拶をしながら入る

ソファーの側に立って笑いかける美しい女性

「人形?」

良く見れば精巧に出来た人形だ

そっと触れると弾力のある質感

シリコンだ

つまりは

「ラブドールか」

男の性欲発散に使われる人形

昔はビニール製の粗末なものだったが、最近は人間に近いものが多い

男同士の下世話な話で盛り上がったが、本物は初めて見た

「確かにこれは事実婚だな」

こんな妻なら文句は愚か浮気をされる心配もないし、浮気をしても怒られない

実に都合の良い妻だ

惜しむらくは炊事洗濯掃除といった家事も出来ないと言うことだ

「しかしこの人形はいくらしたんだ?」

近くで見ても人間そのものだ

こういう世界も天井知らずだろう

繊細な細工物で、オーダーメイドならば高級車並みのものもあると聞いた

そんなことを考えていると

人形が急にこちらを向いた

「うわっ!」

思わず声を出すと

人形はにこり笑う

「う…うご…」

動いた?

私に笑いかけた人形はそのまま台所に向かい、冷蔵庫から何かを取り出していた

「妻が課長に軽いおつまみを作ってくれるそうです」

缶ビールを持ってきた部下が戻ってきた

「な、なあ、アレ…いや君の奥さん…」

「ああ、人形です。ラブドールってご存知ですか?」

「知ってる」

「僕好みの人形を通販で購入しました」

「ああ。その後に何か人工知能かなんか付けた?」

あの大きさのロボットとなると物凄い金額になりそうだ

「いえ、人形以外は何もしていません。ただ樹海に置いただけです」

部下曰く、9月30日に樹海に行って、遺体の側に人形を置いて一晩を過ごしたと言う

「遺体は身に付けていたものから女性と判断しました」

「それは分かる?…まあ分かるけど、何でその日に拘ったんだ?」

霊を取り憑かせるだけならいつでも良いだろう

あそこは自殺の名所でもあるし

「奥様の日だからです。奥様の日なら良い奥さんがゲット出来る可能性が高いでしょう?」

成る程

そうこうしている間に人形…否、奥さんがつまみを持ってきてくれた

一口サイズのフランスパンに生ハムやチーズ、オリーブを載せた若者向けの物が来た

「今日は簡単なものですが、妻は料理上手なんです」

つまみを口にし、ビールを呑む

きっと床上手でもあろう彼の妻を羨ましくも思った

だが、俺の女房も体の相性は良かった

息子を産んでから全然触れ合っていなかったが、あの体には年を取っても愛着がある

そう

大事なのは中身だ

「ありがとう。今年の結婚記念日のプレゼントが決まった」

不思議そうな部下と笑い続ける部下の奥さんに挨拶し、家路に向かった


翌日

「今年の結婚記念日、一緒に出掛けないか?部下から美味しい食事の店を聞いたんだ」

俺は女房に持ちかけた

「ま…まあ、たまには良いわね」

はにかむ女房に偽りの笑顔を見せる

既に車には色んな道具

確実に女房を殺して、他の魂を入れ換える

久し振りに見る女房のかつて愛した笑顔

「愛してるよ」

柄にもない台詞すら出る


ああ、楽しみだ


愛する女の中身が元に近付く日を



「愛してる俺の奥様」





終わり


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