華餓鬼

子供の頃両親が離婚し、私は父に引き取られ父方の祖母に面倒を見て貰った
共働きで夜遅い両親のせいで寂しい思いをしていた私に、祖母との生活は凄く楽しかった
学校から帰れば必ず祖母が居て、美味しいおやつに温かいご飯
祖母は優しく、私のわがままに困ったような笑顔を見せるも叶えてくれた
元々母とは寝る前に顔を見るだけで、父とは休日に会う程度で母の面影は祖母との生活で消えた

ある秋の彼岸
いつものように祖母と散歩していた時、畦道に咲いた彼岸花
「あれは毒があってかぶれるから触ってはいけないよ」
いつも祖母が注意していた
そこに上半身裸の女が佇んでいた
赤い襦袢のみので白い肌に濡れたような黒髪が纏わりつき、妖しくも艶かしいその女に同性ながら胸がときめいた
その女はこちらに気付くこともなく、彼岸花を摘み
「えっ?」
花びらを口に含む
しゃくしゃくと音を立て咀嚼し、恍惚とした表情を浮かべる
私は声も出せず、ひたすらその様子を眺めるしか無かった
女は私の視線に気付いていないのかひたすらに彼岸花の花びらを口に運び、飲み込んでいく
「綺麗…」
女の白い肌が炎で炙られているような異様な情景が美しく感じられた
しかし
「あの女!また現れたか!」
「おばあちゃん…」
普段は優しい祖母が顔面を赤くし、厳しい表情で女に石を投げつけた
「このっ!このっ!性悪が!」
「おばあちゃんやめて!」
慌てて祖母を止めるも
「この!この!嫁だけでなく孫まで引きずり込む気か!」
青筋を立て別人の様に責め立てる祖母が怖くて泣き出した
「きえろぉー!」
祖母の絶叫にただ事ではないと感じた近所の人が来てくれるまで祖母は女に石を投げ続け、女は彼岸花を食べ続けた

「あれは華餓鬼だ」
寝込んでしまった祖母の代わりに帰って来た父が説明した
「食べ物で意地悪をした人が餓鬼になるように人の恋人や夫を奪って人を困らせた女が彼岸花しか食べることを許されない華餓鬼になるんだ」
勿論彼岸花には毒があるので餓鬼は毒に苦しむが、それしか食べることを許されないので永遠にその罰に苦しむと言う
「それでもこの時期はまだマシだ」
彼岸以外は熱く焼けた炎を飲まされると言う
「華餓鬼にとっては彼岸花が食べられるこの時期のみが救いらしい」
毒があるとは言え、炎を飲むよりは良いと
「悪い事をしたのは女だけじゃないよね?それって不公平じゃない?」
私はムッとして言うと
「男は男で酷い地獄に落とされる。女だけじゃない。不倫はそれだけ罪深いんだ」
父の険しい顔に私はそれ以上何も聞けず、祖母は翌日またいつもの優しい祖母に戻った
しかし、あの女が居る畦道には寄らなかった

大人になって知らされたが、母は残業と偽って妻子持ちの男と不倫して、父と離婚した
祖母が石を投げた華餓鬼は祖父と不倫していた女の成れの果てだった
祖父と不倫していた女は祖父の子を宿したが、祖父に捨てられた腹いせに彼岸花を食べ、お腹の子もろとも死んだと言う

そして今
「ごめんねおばあちゃん」
祖母も眠る墓に彼岸花を供える
「私もあの女と同じことしちゃった」
新しい命が宿ったお腹を撫でる
私も妻がある人と恋に落ち、その人の子をお腹に宿した
「どうしても欲しかったの」
あの女の襦袢は赤でなく出産した時の血の赤だった
「あの女から全部聞いちゃった」
子供の出来なかった祖母の代わりに祖父との子供を宿した女
「あの子を産んだ後に私は彼岸花を食べさせられた」
嫉妬に狂った祖母が産褥で苦しむ女を騙して彼岸花を食べさせた
子供は祖父母の子として育てられた
「不倫が嫌いな人が不倫で生まれて、その妻も不倫で、更に子供迄」
あまりの因果に笑ってしまう
「私は本当のおばあちゃんみたいにならないから」
不倫相手もその妻にも内緒で逃げてきた
もうここにも戻らない
「いつか死んだら私も華餓鬼になるんだ」
美しくも狂おしいあの鬼に
「毒の花でも食べる覚悟はあるから」
人の道を外れた女夜叉は笑った
彼岸花の様な赤い紅を付けて

彼岸花の花言葉 想うはあなた一人、情熱、諦め


終わり

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