夜間警備

前の職場を辞めて充電期間を取っていたのに
「いつまで無職でいるの!さっさと働きなさい!」
毎日母に責められ、再就職の繋ぎとして入った夜間警備のバイト
死ぬ程後悔してる
「おはようございます」
「おっす。今日も良い顔してんなー」
時給の高さに惹かれて入ったは良いものの
「お化け屋敷のバイトだなんて聞いてな~い!」
「失礼な!ここは博物館だ」
丁度博物館では幽霊画の展示が行われていた
「もう怖いの嫌いなんですよ!」
長年警備をしている先輩曰く
「古いものには魂が宿る」
そうで、以下は先輩の体験
雛人形の展示の際には
「あいつちょームカつく」
「だよね。ぜってーしめる!」
物騒なギャル達の会話が聞こえ、翌朝には
「翌朝ガラスケースのお雛様の三人官女の顔が何故か後ろ向きになっていて夜中には例のギャル達が泣きながら謝罪してた」
翌朝学芸員に説明すると
「ああ、女雛に嫉妬した三人官女が女雛をリンチしようとして返り討ちにあったんでしょう?よくあることです」
あっけらかんと答えたらしい
「それで展示物が動いても触らずに朝来た学芸員に説明なんですね」
「ああ。下手に触って欠けたり壊したりされる方がきついらしい」
ふうとため息をつく
「以前その注意事項を破ったバカがいて、展示物の傾きを直そうとして大事な掛け軸に傷をつけたんだ」
しかもそれは国宝で
「物凄い額の賠償金を請求されたとかされてないとか」
「いやそこはあやふやじゃダメでしょう」
「兎に角、ビビろうと泣こうと構わんが、展示物には絶体触るなよ。傾いているのを発見したら学芸員に報告。それだけは守れ」
「はい」
時間だと言われ見回りに行く



シンと静まり返った館内
昼間の雰囲気も独特だが、広い室内は異空間のようで

見知らぬ場所に引きずり込まれたような感覚に陥る
「ふーっ、ふーっ…」
大きく深呼吸し、展示コーナーに入る
カチャ…カチャ
陶器の皿の当たる音が響く
ここには私と先輩しかいない
しかも先輩は外の見回り中だ
カチャ
音のする方に電灯を向けると
「ふぅう~っ」
口からため息のように細い炎を吐く女の幽霊
首から下は陶器の皿が連なり、蛇の胴体のようになっている
葛飾北斎かつしかほくさい画、絵本百物語のさらやしきだ
怪談番町皿屋敷のお菊の亡霊を描いたもの
「ふぅう~」
上向きのお菊の瞳は何故か此方を見ていて
「ふぅう~っ」
心なしかカチャカチャと皿がなる
「~っ!」
一瞬にして肌が総毛だち、ガクガクと震える膝を叩き視線をそらすも
コキンッ
コココッ
何か硬いものを当てたような音
薄い布、いやカヤを押し広げ、此方を覗いてくるのは
同じくほ葛飾北斎画の絵本百物語から覗き小平次
間男に殺された幽霊役者が、幽霊の演技がうますぎて幽霊になっても皆が生きてると勘違いされたものだ
小平次の視線も此方を見ていて
「見るな見るな見るな見るな見るな」
呟きながら前を進む
ぴちょん
ぴちょん
「え?水漏れ?」
雫が落ちる音に辺りを見渡すと
「フフフ…」
実際に抜け出したとも言われる円山応挙まるやまおうきょの幽霊画が今抜け出して血を滴らせる
「床汚すなっ!」
見当違いの叫び声を上げ足を早める
もう嫌だ!
何なのこのお化け屋敷
ガチガチと歯をならし
涙を滲ませ最後のブースに回る
「今日が終わったらもう辞める!バイトは昼間のものにする!」
ずずっと鼻をすする
先輩に笑われないようにここを回ったら顔を洗おう
カランコロン
下駄の音を鳴らし心配そうにこちらの様子を伺うの月岡芳年つきおかよしとし画の牡丹灯籠のお露で
「こっち見んな…」
もう構わないでくれよと呟きながら歩いていると、楽しそうな話し声
「わあ!あなた前より色白になってない?」
「良い化粧品見つけたのよ」
「…もうやだ…」
一番奥に展示された幽霊画コレクターであり、絵師でもあった吉川観方よしかわかんぽうの画、朝露·夕霧だ
有名な怪談四谷怪談のお岩と番町皿屋敷のお菊が化粧や団扇で涼みつつお喋りを楽しむ光景だ
「これこれ!A社の製品。ちょっと値段が高いけど美白効果があるの」
お客様流石にお目が高い
確かにA社の製品は美白効果は強い
しかしA社は値段ほどの成果はない
「あなたも最近色白に磨きがかかってない?」
というかあんた達お化けだから白くて当たり前じゃん
「私はB社。コスパ重視。心なしかしっとりするの」
お客様流石に着眼点が素晴らしい
B社も確かにA社の製品に負けない効果はある
そして何より値段が安い
ただB社は添加物も多い
私がお薦めしたいのは

「お客様ぁ~!A社もB社も確かに素晴らしいです。しかし有効成分、コスパを考えるとしたら私はC社をお薦め致します」
「え?」
「あの…」
「お客様はこちらのC社をご存じですか?」
「いえ…」
「知りません」
「そうです!このC社はここ1~2年店頭に並びだしたばかりの無名の会社です」
「……」
「どうかなさいましたか?」
「…どうぞ続けて」
「こちらのC社は、小規模な工場ながらも肌に優しい美白化粧品をお客様にお気軽にお買い求め頂きたいと利益無視のギリギリのお値段です」
「パッケージもシンプルね」
「でも香りが控えめ」
「良くお気付きになられました!香料は一切使っておらず添加物も控えめ。私は皮膚トラブルがあるのでこちらを愛用しているのです」
熱弁の後ふと我に還る
いやいやいや!
何やってんだ私
化粧品販売員時代のクセが出てしまった
あれ程知名度値段共に高いA社を進めておけと言われたにも関わらず、C社の製品の良さを押してしまって上司に睨まれたのに
それで居づらくなって退職したのだが
恐る恐る二人を見ると

「もっともっと詳しく教えて下さる?」
「私も!」
お客様方が興味を持たれた!






数日後
「お前最近楽しそうだな」
夜間警備とは思えないコスメグッズとおしゃれ雑誌を持った私に先輩が笑う
「今すっごく楽しいです。幽霊画の人達って気さくだし、おしゃれにも興味津々で」
今日はどんなメイクを教えようか
「まあ辞めるって言わなくなったから良いや」
先輩と別れ皆の元へ
今日も月岡芳年のうぶめは血を流していて
「出産で荒れたお肌がこんなに綺麗になったわ」
「それは良かった(顔色変わんない気がするけど)」
「あ、おはよー!待ってたよー」
今日も楽しい女子会だ
男子も居るけど




「あいつ来月からのエジプトのミイラ展大丈夫かな?あいつら襲ってくるし。アラビア語だから言葉通じねーし」
1ヶ月後にミイラの呪いと戦う事になるとはその時の私は想像すらしなかった





「せんぱーい!こいつらぶん殴って良いですか?」
「止めろ!賠償もだが国際問題になるぞ!」
やっぱりこんな仕事辞めてやる


終わり

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