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つくし狩り

今年も沢山奴らが生えてきた

 さあ武器を取れ
戦いの火蓋は切って落とされた
「おーお今年も凄いな」
毎年見かける光景
河川敷で
近所の畑や田んぼの近くで
おばちゃんたちがこちらに背を向け無心に採取する
「全部刈り取る気なんだろうな」
季節を告げる味覚
つくしの群生
毎年どうやって生えて来るのか分からない
というか興味もない
この時期になると大量のつくしを採取した母によるつくし料理
というか主に味噌汁と卵とじ
両親はうまそうに食っているが俺は苦手だ
というかむしろ嫌いだ
苦いだけの草なんて美味いと思うなんて一生ないだろう
「毎回毎回食いきれない量を採ってくるなよ」
いつだったか毎日食卓にのぼるつくしにうんざりして言った
「別に食べろとは言ってないじゃない。お味噌汁が欲しいなら自分で自分で作りなさい」
と母に言われた
「普通に食うだけ採ったら良いじゃん。冷凍しないといけなくなるまで採るってどんだけ欲張りなんだよ」
軽い気持ちで言ったが
母は至極真面目な表情で
「奴等は殲滅させる気持ちで狩らないとダメなのよ」
普段はうるさいくらいに甲高い声で喋る母が無表情で声まで低くなった
そんな母の変貌を見ても父は平然と味噌汁を飲んでいた
「奴等はいくらでも溢れてくるからな。毎年狩尽くしたとと思ってもまだ息のある奴らが春になると生えてくる。恐ろしいことだ」
たかがつくしに何を言っているんだ
どちらかというと鬼の形相でつくしをむしる母さんたちの方がおっかねえ
たかが草むしり
「それよりもあんた。この時期はつくしの生えている場所に1人で近づいちゃダメよ。危ないからね」
この時期のうちの集落の風習
つくしが生えた場所に男が1人で近づいてはいけない
つくしに食われるから
「良いな。必ず2人もしくは女のそばにいろ」
思春期の男子がつくしが怖くて1人で登校できないなんて恥ずかしいにも程がある
そのせいで小学生の頃初恋の同級生に笑われたのだから
同じ集落の女子が説明してくれたが、小学校卒業まで同級生にからかわれた
「女の子が嫌なら隣のおばさんにお願いしたら良いでしょう?」
そいう問題じゃない
「そんなことしなくてもちゃんと遠まわりするよ」
とは言ったもの
何であんなもののためにわざわざ人間様が遠回りしないといけないのか?
そんな気分で帰宅中誤って畑の方に行ってしまった
畑では農作業をしている人がちらほらといた
これなら1人ではない
そんなことを自分に言い聞かせ
とりあえずの挨拶だけはしておこうと声をかけた
ゆっくりとこちらを振り向く人物はいつもの近所のおばさんではなく
「おのれ!よくも騙し討ちをしてくれたな!」
「お前たちのせいで我々死してなおこの屈辱だ」
青白い武者姿の人間が現れる
眼球が潰されているもの
顎のないもの
頭が割られているもの
皆が顔を破壊されていて
「お前の体を寄越せ!」
「お前の血肉だ!お前の血と肉で我々甦る」
刀を抜く武者から漂う血の匂いと腐った匂い
これは作り物じゃない
俺の生物の本能がこれはリアルでこいつらは俺を殺そうとしている
周りの人間は全員武者の姿で俺を殺して肉を食おうとしている
いや殺さなくてもこの刀で肉をきれば良いのだ
俺の頭がそれを理解してしまったせいか俺の体が動かなかくなってしまった
早く言えば腰が抜けた
「あわ‥あわ」
お座なりの声しか出せない俺に武者お刀が迫る
武者が振り下ろした刀は俺の体を裂く
「ぼさっとするんじゃないよ!」
前に誰かが俺を引き摺り、俺の足の間に刀が刺さった
「あ、あなたは‥」
麦わら帽子も眩しい雄々しい姿は
「駄菓子屋のばあちゃん」
いつも杖をつき、腰が痛い膝が痛いと騒ぎ、お嫁さんに湿布を貼ってもらっているあのばあちゃんが
俺と武者の前に立ちはだかる
「毎年毎年懲りないね!あんたたちも」
武器も持たず小柄なばあちゃんはのんびりと腰を下ろし
素手で武者
もとい武者の足元にあったつくしを摘み取る
「ぐわああああー!」
断末魔の悲鳴を上げ、武者が消えていく
「こいつらは憑くしん坊。見た目はごついし、刀で斬られたら怪我や最悪死ぬけど本体を積んで仕舞えばこんなもんさ」
鮮やかな手つきで次々と刈り取っていく
「あんたはさっさとここから離れな」
格好よくこちらを振り向いていたが
「あ!危ない!」
ばあちゃんのすぐそばに刀を振り上げた武者が
「ぎゃー!」
ばあちゃんを斬ろうといた武者が消える
「お義母さん、油断は禁物ですよ」
花柄のガーデンフードが光り、しゃがむ姿も凛々しい
駄菓子屋の奥さん
「嫁が生意気言ってんじゃないよ」
憎まれ口を叩き帽子を直す
「ふふ‥明日は全身に湿布ですね」
軽口を叩きながらも獲物を逃さない戦士たち

気がつくと集落の女たちが集結していた
皆ガーデンフードに手袋
白い長靴を履いた歴戦の猛者達だ」
「母さん」
その中に普段と違う母の姿
「帰ったらお父さんに叱ってもらうからね」
早く帰れと促される
「ここからは女の戦場よ。力のない男や子供はお呼びじゃないのよ」
「ごめんなさい」
自身の役立たずさを痛感し、俺は戦場に背を向け無様にも逃げ帰った
帰ってきた俺に母から連絡が来ていたのか父が俺を出迎えた
正直怒られるかと思えば
「親子でヤらかしちまったな」
父は力無く笑った
父も昔親の言いつけを破り、畑に近づき同じように憑くしん坊に襲われた
「俺は母さんに助けられたけど、その時に俺を庇って腕を怪我したんだ。今でも腕に傷が残っているだろう?」
そういえばばあちゃんの腕には傷があったが、刀傷だとは思わなかった
「母さんが帰ったらちゃんと謝ろうな」
帰宅した母に父と一緒に謝罪し、母から叱られた後、改めて説明された
この集落は以前落武者狩りに襲われたことがあった
と言ってもそこは百姓しかおらず、手柄を増やすために罪のない男達が落武者として殺された
それだけでなく貯蔵していた食料まで奪われた
残された女達は武器を取り、落武者狩が寝ている隙に奇襲をかけ、全員を殺した
その後集落は回復し、子供達も成人し男手は増えたが今度は悪霊と化した落武者狩りに襲われるようになった
悪霊に人間の武器は通じず、困った集落の人間は高僧に助けを求めた
高僧は悪霊をある植物に封じ込めた
「この者たちは殺生をした罪人ではあるが、ここを守るためにも殺生をしたあんた方にも罪はある。これからはこの植物を摘んで食すことで殺生の罪をお互いに償いなさい」
そう言われた集落の女叩いは今に至るまで悪霊の宿ったつくしを憑くしん坊と呼び、成仏をさせる為につくしを採取し、食し続けるという
「相手側もしつこくてね。私たちはずっと戦い続けているの」
普段はあけすけでガハハ笑いのおばちゃんでしかない母の横顔が凛々しくて戦士の顔をしていた
今日も彼女達は戦い続ける
「あー腰が痛い。膝が痛い。早く湿布〜。いや病院」
「お義母さん整骨院に行きましょう。あそこの整骨院の院長がイケメンなんですよ」
「全くこの嫁は。あたしゃ若い先生の方が好みなんだよ。可愛いし」
駄菓子屋のばあちゃんが腰痛や膝の痛みが訴え
「あらおはよう。昨日は大変だったね」
畑で仕事をしていたおばちゃんが声をかける
つくしの季節は終わり、集落は平和になるも
畑や河川敷にはつくしが消え
スギナが生えていた
「戦いはまた来年に持ち越されたね」
河川敷に
畑に
今年の戦いを終え一息つく女達
その目は日常を平和に送るため、それぞれの持ち場に、家庭に戻る
「また来年帰ってきたら今度こそ全員刈り取ってあげる」
女達は悪霊との戦いだけではない
「ここのつくしはあくが強くて無駄に苦いのよね」

今日も戦士達はつくしレシピと戦っている


終わり






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