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悲しい思い出 華餓鬼2

https://note.com/kudan2022/n/n7fe8dd153698
続編

また憂鬱な季節が不穏な報せと共にきた
都市部で働いていた娘の交際相手の奥様からの内容証明
「彼は奥さんと別れてくれるって言ってたんだ。奥さんが妊娠出来ないから妊娠した私と結婚したいって」
下腹部を撫でながら娘らしき生き物が微笑む
「そんなのは遊び慣れした男の常套句じゃ無いか」
別れた妻も同じ様な男に引っ掛かり、俺と離婚した
「まさかお前まで母さんと同じ事をするなんて。相手の奥さんの連絡先は?父さんも一緒に謝罪をしよう。慰謝料はお前が責任を持って支払うんだ」
「はあ?何で私がそんなことをしないといけないの?奥さんが産めない子供を産んであげるんだから感謝してほしいくらいよ」
目の前のこの女の言い草は本当に元妻にそっくりで
「それに前にも教えただろう。不貞を働いた人間は華餓鬼になると」
「知ってる。実際に会ったこともある。父さんは知らないかもしれないけれど、あんなに美しいものは他にはないわ」
うっとりとした女の表情に吐き気がする
「本当に愚かな娘だ。婆さんからも聞いただろう?あれは‥」
「知ってる。私の本当のおばあちゃんで、お父さんの本当のお母さん」
「ああ。父さんが見たのは男の餓鬼だった」

俺の生まれ育った集落に伝わる昔話
その集落の領主の元に女中として奉公していた娘が領主の子供を宿し、男児を出産した
後継の生まれない正妻に代わり後継者を産んだ娘の一族は繁栄し、集落にも恩恵が来た
しかし、正妻にも男児が生まれ、領内は正妻派はと妾派とに別れ、争いが絶えなかった
しかし、その争いの最中正妻の子供が死んだ
誤って猛毒の福寿草を食してしまったという
正妻派は妾側の仕業と疑ったが証拠がなく
晴れて妾の子供が後継となったが
その子供もまた死んだ
その子もまた誤って福寿草を食してしまったと言う
その後妾は彼岸花を自ら食し自殺
彼女の書き置きに正妻の子に福寿草を食べさせた事を告白していた
領主は親族から養子を受け入れ後継者とし
領主一族から怒りをかったうちの集落では不貞を働いたものは厳しく罰するという掟が生まれた
しかしその後、不貞を働いたものは死後、華餓鬼となり猛毒の彼岸花や福寿草を食す姿が見られる様になったしかも女には女の餓鬼が
男には男の餓鬼が見られた
俺も子供の頃から男の餓鬼が見えていた
驚いて一緒にいた父にあれが何なのか尋ねると
「あれは華餓鬼だ。奴らはあの花しか食べられない。だが生きた人間にはあの花は猛毒だからお前は食べてはいけない」
帰って来てから母に言うと
「ああ。あれは自分の奥さん以外の女にうつつを抜かした裏切り者の末路だ。お前は、お前だけはああなってくれるな」
大人になってから、母が本当は母ではないこと
本当の母は今の母に殺されていて、死後に華餓鬼となり彼岸の季節になると彼岸花を食べるために地上に現れという
「父さんもいずれああなるんだ。子供が欲しいなら私と別れてからいくらでも作ってくれたら良かったのに。そういう勇気のない男だったんだ」
泣きながら話してくれた母に
自分は懸命に生きよう
伴侶も堅実な人物を選んだはずだったが
「私はあの人の子供を妊娠したの。相手の奥さんは子供が妊娠できないそうだから離婚して私と再婚してくれるって」
経済能力のない男に利用されていることにも気づかず、妻は慰謝料と娘の養育費を一括で支払い出ていった
母と娘には本当のことが言えず価値観の相違と説明し、娘が大きくなってから浮気の件を話した
「母さんも死後は華餓鬼になってしまうだろう」
娘にも見えたという華餓鬼の恐ろしさは母も俺も説明たのに
「私が見た父さんのお母さんはとても綺麗だった。あんなふうになれるなら私もなりたい」
華餓鬼に取り憑かれた娘には俺の言葉は耳に入らなかった
「おじいちゃんも華餓鬼になったんじゃない?やっぱり美味しそうに食べていたんでしょう?」
「ああ。男は福寿草を食べるんだ」
父の死後、父は福寿草の季節になると俺の目の前に当てつけの様に現れた
猛毒であるこの植物を無心に食べ、血まみれの口内を見せつける
可憐な花びらが無惨に食いちぎられ、咀嚼する
しゃくしゃくと言う音が不快で何度も吐いた
だが父は容赦無く俺の目の前に現れる
俺が不義の果てに生まれた罪の子だと
生まれ持った罪は一生拭えないと
どんなに清い生き様を見せようとも所詮は罪深い子供だと
そんな声が頭の中に響く
血を吐きながらも笑う父には嫌悪感しか湧かなかった
「自分だって不倫の子じゃん」
俺を笑う娘だった女の顔は俺を嘲笑う父と元妻の顔にそっくりだった

それから数ヶ月後
娘だった女は子供を産んだ後死んだ
出産中に急に心臓が止まったという
病院側は娘の死因に不審な点があるため原因を究明するたまにも司法解剖を進言してくれたが断った
「病院側に何の不備もなかったことは知っています。娘は世間に顔向けできない事をしてしまった。これはバチがあたったと思います」
産院に態々お見舞いに来てくれた娘の交際相手の奥様にも説明をし、お悔やみの言葉を貰う
今の季節は彼岸花が沢山咲いている
「あの‥生まれた赤ちゃんはお父様が育てるのですか?」
彼女の意図は分かっている
「いいえ。施設に預けようと思っています。今だったら特別養子縁組の当てもあるでしょう」
俺としては娘の身勝手な行為で産まれた子供を孫と呼ぶ気はないし、育てる気もない
「もし良かったら私の子供として育てても良いですか?私は病気で子宮を摘出しているので子供は望めません。なので、あの人の血を引いた子供が欲しいのです」
あんな不誠実な男でも彼女にとっては大切な夫なのだろう
俺は手続きをしながら笑った
あの女もそうだった
元妻も臨月の時に交通事故に遭い、死亡した
お腹の子供は無事で、その子は不倫相手の妻が引き取った
元妻は横断歩道を横断中の暴走車に跳ねられたという
目撃者は偶然通りがかった俺だけだったが、あまりのスピードで顔も車のナンバーも分からなかった
そう言うこともある
きっと娘の見た華餓鬼は俺の本当の母だと思い込んでいる様だがきっと元妻だろう
来年の福寿草の時期に現れる父に孫が死んだ事を報告する時
俺は笑っているだろうか?
それとも泣いているだろうか?

赤ん坊を抱いた彼女が私の顔を心配そうに見ている
俺は会釈し手続きをする為に彼女から離れた

ふと外を見れば群生する炎の様な花
俺の中には娘との楽しい思い出が消え、哀れにも彼岸花を貪る美しい餓鬼の姿が見えた
「確かに美しいよ」
仲間を増やすための美しい鬼に涙がこぼれ落ちた


福寿草の花言葉

幸せを招く
永久の幸福



悲しい思い出


終わり

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