夜間警備7

警備の仕事は年末年始は休みだが、代わりに家でこれでもかと言うほどのにこき使われる

年末は家族総出で大掃除、後に荷物持ち

元旦はゆっくりしたいのに無駄に来客の嵐

酒を運んで、話し相手に子供たちにお年玉

搾取されるがままの元旦

更に

「あの子ってば折角正社員だったのをやめてバイトしてるのよ。しかも結婚もしないでフラフラして」

母が余計な口を挟む

「そういうのって言わなくて良くない?」

生活費もちゃんと入れてこうやってお年玉も与えているのに

一部のいとこたちも同情の眼差しで

「同い年で結婚して、パートまでしてるって偉いわぁ」

わあ逆マウントキター

「それ比べて…」

またネチネチと説教タイム

親戚の女性陣もうわあって顔してる

早く帰りたいんだろうな

いとこが手招きしてる

こそこそと離れる

「大変だね」

同情的ないとこに

「そうなんだよね。年中ネチネチおばさん。嫁ぎ先にあんな逆マウントおばさんがいたら結婚もしたくないよね。しかも共働き。結婚したら良いこと何もない。てかあの母を見て結婚しようと言うドMがいたら見てみたい」

「やだもう!」

「ウケる~!」

「うちの姑がまさにあれ~!」

「ちょっ!うちの親捕まえてそういうこと言う?」

これも毎年恒例行事

いとこ達でそれぞれ親義実家、果ては旦那の悪口

マイナスでしかない団欒を楽しんだ




程よくアルコールも入り、大晦日からの年またぎの初詣での心地よい入眠

からの爆睡



だったのに


「あーうるせー!」


突如鳴り響く着信

画面には先輩の名前

苛つきながら電話に出る

「もぉしもしぃ?」

「あ、お休みのところ失礼します…」

わざとドスの利いた声で対応すると丁寧な声

この声は

「あ!ご無沙汰してます!」

以前番号交換した霊媒師だ

「実は今日急に警備をお願いしたいのですが…」

「え?正月は休み…」

と言うか動きたくない

「すみません。警備に来てくれるのが先輩以外居ないんです」

「えー…?」

元旦早々先輩の顔は見たくないが

「博物館側から謝礼が出ます」

「行きます!」

お年玉が貰えるなら悪くはない


着替えて深夜の博物館に出勤した



「お待ちしてました」

例の霊媒師が裏口のドアを開ける

「おう、待ってたぞ」

「まあ謝礼が出ると聞きましたし」

ちゃんと時間外の時給も頂くが

「ちょっと厄介な事になった」

今回先輩は頭に亀の人形を被っていた

「…ふざけてるんですか?」

「いや、童話の兎と亀だ」

「…はぁ…」

良い年をして何をしてんだか

「今年最初の展示に兎尽くしを考えていたんだが…」

展示室を開くと一面の白

「か…かかかか…」

「か?」

「可愛い…」

そこにはモフモフの天使達が居た

「私うさちゃん大好きなんです」

思わず目がハートになる

「それは良かった。絵画や陶芸の兎が飛び出してきやりたい放題だ。だが奴等は陶芸や紙だからぶつかったりしたら壊れる」

「はい!思う存分モフモフですね」

「違う…」

目の前を跳ねていくうさちゃんを抱えるも

カサッ

「うん?」

何か感触が違う

「これ…」

「元は紙と瀬戸物だ。モフモフは期待するな」

無情な声がふりかかる

「畜生!騙された」

「おいおい…美術品だぞ…騙されたも何もねえ」

あきれた先輩の声にダメージはデカい

「後で兎のぬいぐるみをプレゼントします」

霊媒師は優しいけどそうじゃない!

「兎カフェ…行きたい…」

この悔しさ、悲しみはモフモフでないと癒されない

「う…兎カフェですね。調べときます」

ワタワタとスマホを出す霊媒師に

「それよりこいつらだ!」

先輩がうさちゃんを捕まえていく

「先輩止めてくださーい!」

先輩のうさちゃんの扱いに悲鳴を上げた

「うさちゃんの耳はデリケートなんだから掴んじゃだめです!」

「いやこれ紙製だし」

「あー!そっちも足を握らない!骨折しちゃうでしょうが!」

「す、すみません!」

霊媒師もうさちゃんを乱暴に扱いやがって!

「お前達の血の色は何色だ!」

「「赤です」」




うさちゃん達の回収は無事に進むと思われていたが

「ぎゃっ!噛まれた!」

「こっちも!」

不用意に指を出した2人がうさちゃんに噛まれる

「血も出た!」

「ほら見ろ!赤いだろ?」

見せてくんな

「うさちゃんの歯は強いから人間の小指位直ぐ噛み千切りますよ」

草食なめんな

「おっかねえ草食動物…ん?」

不意に先輩の後ろに立った

「デカうさちゃん!」

人間より大きなうさちゃんが

ぶちっ

ゴリゴリゴリッ

先輩の頭に噛みつき千切っていく

「先輩!」

悲鳴を上げそうになった私より早く、霊媒師が先輩を呼び、私を抱き締める

「見ちゃだめです!」

私の目を隠そうとするも、見てしまった

先輩の顔半分がなくなり、一息おいて血が吹き出す

「先輩が…」

腰を抜かした私を霊媒師が引きずる

「あれあれあれあれ…」

ガクガクと震える私に

「あれは近くの小学校の生徒さんが作ったオブジェです」

霊媒師が説明する

「何か牙が生えてるんですけど?」

「生徒の悪ふざけでしょうね。まさかこんな事になるなんて」

赤い瞳がギョロギョロと忙しなく動き、獲物を探しているようで

「何であんな怪獣みたいなのになってんの?」

先輩の死体は怪獣に踏み潰される

「あ!」

霊媒師が指差した先

「人食い怪獣ウサゴン。ってアホかー!」

子供の字で書かれた名前

「奴は与えられた名前のままに動いているんですね」

濡れた雑巾を持つ

「奴の字を消して来ます!」

霊媒師が立ち上がる

「えっ?危ないです!」

「大丈夫。あなたは外に逃げてください。夜が明けたら皆元に戻ります」

霊媒師が一呼吸し

「これが終わったら一緒に兎カフェに行きましょうね」

ああ、この人も兎好きなんだ

雑巾を持ち、果敢にも飛び込んだが

ズシンッ

「ですよね」

霊媒師はあっさり踏み潰された

ボキボキと不快な音と断続的に上がる悲鳴に耳を塞ぐ

「もう止めて…」

もう嫌だ

絶対ここを脱出したら警備の仕事何か辞める

吐き気がするほどの血生臭い空間から抜け出そうと這いずる

兎に角奴の視界に入らないように

ハアハアと息を吐き、涙が止まらない

ぬるりとした血だまりが不快さを増すが、構わず進む

ふと視線の端に映るウサゴン

ウサゴンは霊媒師を食い殺した姿のまま固まっている

「あ!」

ウサゴンの足元を見れば

ウサゴンの名前が消えている

「血だ!」

血で名前が消されていた

「やった!やった!ウサゴンが止まった!」

嬉しくて叫びながら立ち上がるも

血で滑り転倒する

そのままウサゴンの足元に滑るも嬉しくて堪らない

「このまま朝になれば…」

他の職員が来てくれる

しかし

ギギ

ウサゴンの足が動き出す

「嘘!」

慌てて足元を見る

ウサゴンの名前は消えていたが

「消えてない…」

人食い怪獣は消えていなかった

アワアワと足をバタつかせるも間に合わず

ウサゴンの血生臭い口が迫って…





「わあああああっ!」



悲鳴を上げる自分の声に驚いて目を覚ます

「夢…?」

スマホを見ると朝の10時

先輩からも霊媒師からも着信履歴はない

「夢…夢…たはは…」

笑いながら枕の下の紙を引っ張り出す

仕事納めの日に博物館からもらった宝船

「縁起の良い夢を見られるよ」

と言われたが

「思いっきり悪夢じゃねーか!」





「よっ!おはよーさん」

仕事初めに行くと先輩と

「おはようございます。あの…」

霊媒師

「兎カフェを調べたんです。今度の休みに一緒に行きませんか?」

はにかんだ笑顔を見せる

「え?私が兎好きってよく知ってましたね?」

「兎グッズを持っているのを見かけましたから」

先輩のニヤニヤが気持ち悪いが

「そうですね。何か癒されたい」


元旦の悪夢が尾を引いている


「お前兎好きか。じゃあラッキーだな。今日からの展示は兎尽くしだ」

「近くの小学校の生徒さんが作った兎のオブジェもあります」

霊媒師の説明に兎を確認する

「人食い怪獣ウサゴン」

私は黙って名前を消した

確認しろやぁ先輩!





今年こそ辞めてやる





終わり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?