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日之影の神社を巡る旅

前回の記事の続きとなります。

前回は楠原神社で終えていましたが、そのまま見立地区方面へ向かう為に大菅(おおすげ)地区を通過しました。

その時に道路沿いにあった『大菅神社』。

高千穂郷八十八社ではないのですが、鳥居も立派だったので寄ってみました。

菅原道真を祀っているので、『天満宮』と云われていたそうですが、明治4年からは『大菅神社』と改称したそうです。

他に祭神は明谷大明神、大國主、八幡大神となっています。

真ん中の模様はなんだろうと思って調べたところ、神紋『梅鉢』なそうです。

一般的には菅原道真を祀る『天神』を指すそうですが、高天原より「水の種」を持ってきた『天村雲命』の神紋でもあるそうで、どうやら水に関係している場所ではないかというところです。

※ facebookページ『日之影の神社』参照
https://m.facebook.com/%E6%97%A5%E4%B9%8B%E5%BD%B1%E7%94%BA%E3%81%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE-1386670598298115/

更に道なりに行き、見立方面へ下ります。

看板があるのでなんとか分かるかなと思います。

ちょうど日之影キャンプ場の所に出てきてから右折し、見立方面へ。

途中にあったのは『男渕水神』

高千穂峡の御橋に久太郎水神がありますが、そこより勧請したそうです。

更に進むと石垣の村「戸川集落」です。

公民館のちょうど上辺りになるので、車をそこで停め、歩いて登りました。

登るという程でもないですが。

ここが『五百羅漢大明神』【戸川神社】です。

高千穂郷八十八社の1つとなります。

社殿は本来は『戸川嶽』中腹の『御岩屋』なそうですが、現在は戸川集落北はずれに鎮座しています。

祭神は『大山祇命』で戸川嶽岩屋にて御神体は『鷹』です。


さて、更に上へ車を進めます。

神太郎水神が道沿いにありました。

五ヶ瀬川には五瀬命がこの地方を貫流する五ヶ瀬川流域の要害の地、五ヶ所に臣下を遣わしたと伝わる「五大水神」があり、兄弟水神様が五ヶ瀬川流域の五つの場所に配されたといわれています
東に日之影町見立(見立川)の「神太郎水神」、西に五ヶ瀬町三ケ所(廻淵)の「雑賀[さいが]小路安長水神」、南に日之影町七折(綱野瀬川)の「綱乃瀬弥十郎水神」、北に下河内から桑の内境(吐ノ瀬)の「漣[さざなみ]三郎水神」、そして中央に高千穂町三田井(高千穂峡)の「御橋久太郎水神」です。

この神太郎水神は長兄であると云われています。

 
次に向かったのは宮崎県と大分県の県境。

奥村集落です。

杉越トンネルの向こうは大分になります。

このトンネルのほんと手前を右に山に入っていきます。

看板には死亡事故もありと書かれているので、ちょっと集中して登らなくてはと緊張してしまいます。

新百姓山を目指します。

歩いて5分〜10分くらいでしょうか?

鳥居が見えてきました。

高千穂郷八十八社の1つ『杉越大明神』【杉圍神社】です。

扁額には【杉圍大明神】と書かれていますが、明治4年には【奥村神社】と改称しているようです。

しかしながら、扁額が横に曲がっていました。

大雨の影響なのでしょうか??

なんと拝殿が崩れ去っていました。
本殿は大丈夫そうですが、これにはショックを受けました。

これはfacebookページ『日之影町の神社』より転載させていただきましたが、これが以前の神社です。

かなりの変わりようでした。

往年7月より9月までは道塞がりと称して、僧侶、婦人、鳴物の通行を禁じたとあります。

禁を破ると暴風雨起こると伝えられていたとあります。

まさか!?とは思いますが、このようになったのは自然の猛威だけなのか!?とも思わなくもないです。

祭神は、日子穂穂手見命、豊玉姫命となっています。

と言ったところで、今夜はお開きにいたします。

#高千穂郷 #高千穂郷八十八社 #日之影町 #大菅神社 #神太郎水神 #戸川神社 #杉圍大明神 #杉ヶ越

参考文献
佐藤光俊編集 日本民族発祥の地 高千穂郷八十八社名録

facebookページ 日之影町の神社

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