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米国連邦最高裁、IPRに関与する判事の任命方法が憲法違反であると判断

アメリカ合衆国最高裁判所(連邦最高裁)は、2021年6月21日、米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office, USPTO)の当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)の手続きにおいて事件の審理・判断を行う判事の任命方法が、アメリカ合衆国憲法に違反するとの判決をしました(United States v. Arthrex, Inc.)。

(判決:https://www.supremecourt.gov/opinions/20pdf/19-1434_ancf.pdf)

IPRは、2011年に創設された制度であり、いったん付与された米国特許について第三者が取消しを求めることができる、日本の特許無効審判に似た制度です。IPRは、まず、第三者に申立てに基づいて手続きを開始するか否かについて判断がなされ、手続きが開始されると、USPTOの特許審判部(PTAB)に所属する3名の行政特許判事(Administrative Patent Judge、APJ)によって審理が行われ、特許のクレームを取り消すか否かについて判断がなされます。この判断に不服がある当事者はPTABに対して再考(Rehearing)を求めることができ、なお不服がある場合には、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に対して上訴することができます。
IPRの傾向として、いったん手続きが開始されると、比較的高い確率で特許が取り消される傾向にあることから、IPRは、被疑侵害者が特許を攻撃するための手段として幅広く利用されています。

他方で、IPRに対しては、以前より、IPRの制度自体がアメリカ合衆国憲法に違反して無効であるという主張が、特許権者側からしばしばなされており、今回の訴訟においても、特許権者からそのような主張がなされました。

今回、特許権者が主張した憲法違反は、APJの任命方法が憲法に違反する、というものでした。
アメリカ合衆国憲法は、官吏の任命方法について2通りの方法を定めており、上級官吏(Principal Officer)については、上院の助言と承認を得て大統領が任命するとされているのに対し、下級官吏(Inferior Officer)については、連邦議会がその任命権限を大統領や裁判所、各部門の長官に付与することができるとされています。
この点、APJは、連邦議会が制定した連邦法の規定に基づいて商務長官が任命しており、下級官吏の任命方法により任命されていました。しかしながら、今回の訴訟では、特許を取り消す権限を有するAPJは上級官吏であり、下級官吏の任命方法により任命することはできないから、IPRはアメリカ合衆国憲法に違反して無効である、との主張が、特許権者からなされました。

今回、連邦最高裁は、行政機関において特許を取り消すことができる最終的な権限は、上級官吏のみが行使することができる権限であり、下級官吏であるAPJがこれを行使することは、アメリカ合衆国憲法に違反する、と判断しました。

その上で、連邦最高裁は、この違憲状態を解消するための方法として、特許権者が主張したようにIPRの制度自体を違憲無効とすることはせず、より限定的な方法として、APJが行った特許を取り消す決定について再考する権限をUSPTO長官に付与すべきであるとして、本件をUSPTO長官に差し戻すことを命じる判決をしました。

今回の連邦最高裁判決により、IPRにおいては、APJが行った判断についてUSPTO長官が再考する権限を有することになります。従って、APJの判断に不服がある当事者は、USPTO長官に再考を求める申立てをすることになると考えられます。
もっとも、USPTO長官が再考の権限を有するとしても、USPTO長官が実際にこの権限を行使してAPJの判断を取り消すケースは極めて少数に留まるのではないか、との予想も、米国の実務家から出ています。いずれにせよ、今後のIPRの実務の動向が注目されるところです。

(文責:乾 裕介)

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