アムジェンの抗PCSK9抗体特許はサポート要件違反と知財高裁が判断
アムジェンの抗PCSK9抗体特許に対しリジェネロンにより請求された無効審判請求を棄却する審決を取り消す判決が出されました(知財高判令和5年1月26日、令和3年(行ケ)第10093号)。
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/744/091744_hanrei.pdf
アムジェンの抗PCSK9抗体特許(特許第5705288号、「本件特許」)は、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができる」という特性と、「PCSK9との結合に関して特定の抗体(「参照抗体」)と競合する」という特性の両方を兼ね備えたモノクローナル抗体の特許であり、アミノ酸配列による抗体の構造特定はありません。
(経 緯)
サノフィが本件特許に対して無効審判を請求及び審決取消訴訟を提起しましたが、請求が棄却され確定しています(知財高判平成30年12月27日、平成29年(行ケ)第10225号、「別件審決取消訴訟」)。
また、アムジェンによりサノフィに対し提起された本件特許の侵害訴訟で、サノフィが販売していた抗PCSK9抗体を含む医薬品プラルエント®が差し止められ(知財高判令和元年10月30日、平成31年(ネ)第10014号)、プラルエント®は販売停止になりました。
本件審決取消訴訟は、海外でプラルエント®を共同開発したリジェネロンにより請求された無効審判請求棄却審決に対するものです。
(判決概要)
本件審決取消訴訟において、知財高裁は、本件発明の技術的意義は、参照抗体と競合する抗体であれば、競合抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和する抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあると認定しました。
一方、本件明細書の開示によると、参照抗体と競合する抗体であれば、
①参照抗体と同じ位置でPCSK9と結合する抗体であるとはいえず、参照抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできないこと、及び、
②結晶構造上、参照抗体がPCSK9と結合する部位と異なる部位に結合するものも含まれるので、参照抗体と同様に、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖してPCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断等するものであるとはいえないから、結合中和抗体としての機能的特性を有すると認めることもできないことなどを認定しました。
参照抗体と競合するが、PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができない抗体が存在しても、そのような抗体は技術的範囲から除外されている(本件発明の抗体は中和できることが要件となっている)ため、サポート要件に反する理由にならないとのアムジェンの主張に対しては、参照抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれると、技術的意義の前提が崩れると退けました。
以上より、本件発明はサポート要件に適合しないと判断し、これと異なる審決を取り消しました。
別件審決取消訴訟においては、サポート要件違反に対する主張が退けられています。知財高裁は、この点について、当時の主張や立証の状況に鑑み、参照抗体と競合する抗体は、参照抗体とほぼ同一のPCSK9上の位置に結合し参照抗体と同様の機能を有するものであることを当然の前提としていたことによるものと理解することも可能であるとし、本訴では新証拠に基づく新主張により、上記前提に疑義が生じたにもかかわらずこの前提を支える判断材料が見当たらないため別件判決と本件判断が異なるのは相応の理由があると付言しています。
なお、上述の侵害訴訟で本件特許とともに侵害すると判断された、本件特許と参照抗体のみが異なる同様のアムジェンの抗体特許(特許第5906333号)に対する無効審判請求棄却審決に対する審決取消訴訟(令和3年(行ケ)第10094号)判決も、同日に出されています。裁判所のホームページには現時点で掲載されていませんが、同様の判決であると思われます。
(文責:矢野 恵美子)
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