noters（５）　ダイイングメッセージ

男は警備のために立っている数人の巡査たちに軽く手を挙げ、「立入禁止 KEEP OUT 警視庁」と書かれた黄色いテープをくぐって一般人の侵入禁止区域に入った。
巡査たちの ささやきが さざ波のように広がっていく。

「明智警部だ」
「やり手の明智警部だ」
「ついに捜査一課一係の明智小四郎警部が やってきたぞ」

先回りして明智警部の到着を告げた者がいたらしく、ブルーシートに囲まれたエリアから白い手袋をしたままの越波 警部補が出てくると、明智警部を迎えた。

「明智警部！　お疲れ様です」
「おう、越波君。お疲れさん。ガイシャの身元や死因はわかったかね？」
「はい。持っていた車の免許証から わかった名前は山川 次郎、40歳。死因は鋭い刃物で腹や胸を刺された結果の失血死と思われます！」
「わかった！　他には？」
「実は、遺体のそばにガイシャが死に際に自分の血液で書いたと思われる文字のようなものが見つかっていますが、ちょっと意味不明で」
「何っ？　それはダイイングメッセージだ！　すぐに私が解読してみせよう」
「はいっ！　警部、こちらへ」

明智警部は遺体の倒れている建物の陰にやってきた。
中肉中背の男性の被害者は、血だまりの中で うつ向けにコンクリートの床に倒れている。
その頭部近くには、彼が使っていたと思われるノートブック型パソコンがあり、男は それに左手を伸ばしたまま絶命したのだ。
彼の右手は血で汚れ、そのノートブックの そばの床上に、右手の人差し指で自分の血を使って書かれたらしき鮮明ではないアルファベットのような文字が4つほど見える。
遺体から流れ出た血液が文字の すぐそばまで迫っており、4文字以上書いていたのかどうかは分からなかった。

「これなんですよ･･･。私には ちっとも何のことだか･･･」

越波警部補は、その血文字らしき部分を示して明智警部に訴えた。

「なるほどね」

明智小四郎警部は、しばらく その4文字を見つめると目を輝かせて叫んだ。

「わかったぞ！　書かれてあるのはa-t-o-u･･･アトウだ！　これは、ガイシャが犯人の名前を伝えようとしたか、事件の鍵となる重要人物の名前を知らせようとしたに違いない！」

その声を聞いた途端、その場にいた若手刑事、巡査たちは心の中で大きく叫んだ。

えええ？　そう読む？　そう読むぅー？

マジでぇええええ？

何で そっち側から読むん？　反対だろが！

お互いに顔を見合わせながら肘で突っつき合うが、偉大な明智小四郎警部に対して反論できる者はいない。

唯一、越波警部補だけが明るい声で
「さすが、明智警部。間違いありません！」
と叫んだ。

明智警部は続ける。

「つまりアトウ、阿東とか阿藤とかいう名前の者が犯人、もしくは この事件の重要なカギを握っているはずだ。すぐにガイシャの周辺にいるアトウという友人・知人を探しだしてくれ！」

「はい、明智警部！　みんな、ガイシャの友人関係を徹底的に洗うぞ！」

越波警部補の声に応え、
「はぁーい･･･」
と その場の全員は とりあえず返事をしたが、ほとんどの者が納得していない。

「頼むぞ！　私が捜査に加わった限りは、必ず事件を早期解決してみせる。では、私は次の現場に呼ばれているので、失敬！」

現場の者たちに声をかけ颯爽と立ち去って行く明智小四郎警部と、彼を見送るために その場を離れた越波警部補。

現場に残された者たちは、まだ血文字を巡ってコソコソと話をしている。

「これ･･･何の意味かは わからないけど、俺にはnoteって読めるんだけど」
「俺にもnoteに見える」
「noteだよな。フツーそう読むわ。こっち側から」

しかし、やがて彼らは諦めたように うすら笑いを浮かべ、頷きながらこう言った。

「ま、いっか。明智警部が そう言ってるんだし」
「そだねー」
「俺らが間違ってたら、あとで何言われるか わかんねぇし」
「じゃ、a・t・o・uってことで！」

こうして ある者に狙われ、身の危険を感じていた被害者の山川次郎が、凶行に倒れる前に残した犯人の名前と経緯を記した遺書は、誰の目にも触れることはなかった。そう、noteの下書きにセーブされたまま･･･。

＜明石 白 ＆ 久保マシン・コラボ作品＞
作：明石 白
イラスト：久保マシン（Y）
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（注）コラボ作品の為、明石 白さんのnoteと
久保マシンのnoteには同じものを載せています。

 この作品は明石 白さんの完結している文章の後ろに【オチ】となる演出を加えたイラストを久保マシン（Y）が追加しています。