#4

むかしむかし、僕が森で遊んで迷ってしまったときの話。

森の中には大きな廃屋敷があって、村からはそこに入っては行けないと教えられた場所。なんで入っていけないのかは分からなかったけど。屋敷よりも広い庭や顔のない彫像が昔の権力と今の侘しさを表している。

そこの屋敷の入口で傘をさした女の子がいるのを見た。僕は入っちゃいけないんだよ、と伝えたくて彼女のあとを追ったけど、その前に屋敷の中に入ってしまった。僕は恐怖に好奇心が勝ってしまうお年頃だったからつい鍵の壊れた扉を押して彼女のあとを追ったんだ。

屋敷の中は意外と綺麗だった。光のつかない蜘蛛の巣が張ったシャンデリア、部分的に朽ちている長机、銀色の食器が飾られた棚、くすんだ赤紫のカーペット……どれも経年劣化しているはずなのに、妙に全体的なまとまりがあってそれが余計不気味に見えた。
棚に飾られたくるみ割り人形がこちらを睨んでいる。少しでも口を開けたら舌を噛みちぎられるんじゃないか、と思って僕は声を出さないようにして歩いた。
扉を開けて中を見て扉を締める。その繰り返しをしているうちに、奥に扉が開きっぱなしの部屋を見つけた。きっとここに入っていったのだろう。

中を見ると女の子は傘をさしたままその中で座り込んで泣いている。部屋の壁には大きな絵があった。そこには女の子と2人の大人、そして大きな犬が2匹描かれていた。
僕は咄嗟に女の子の手を取って屋敷から出ようとしたとき、絵の中の犬がこちらを追ってくる。とうとう僕の好奇心を恐怖が上回って、僕は走る。
空いた手で僕の口を抑えて声にならない声を出す。彼女はまだ傘を持っていた。
屋敷の入口の扉を押し破る。
彼女は外に出て初めて傘の意味を知る。
でも彼女は何故か少し笑って言う。
「私、お母さんがいないの」
何故かその悲しそうな顔を見たあとに何も言うことが出来なかった。ここにはもうくるみ割り人形はいないのに。

後ろから僕を呼ぶ声がする。聞きなれた僕の両親の声。僕は何が何だか分からなくて叫びながら泣いた。
しばらくして屋敷を見ると、女の子はもう居なくて水玉模様の傘だけが残っていた。
僕は両親の温もりを感じて帰る。
あたたかいな、うれしいな、かなしいな、ねむいな、ゆめがみたいな

あれからもう何年経ったのだろう。
何度も探してきた屋敷。
母親のいない君へ。
僕はもう、大きくなったよ。

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