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【お話】ふたつの森がありました #10

帰り道

 影の森へと帰る道すがら、ヒューはノウンから聞いた話をピーノに話した。
黙って聞いていたピーノだったが、聞き終わると大きなため息をついた。
 「確かに、これ以上寒くなったら、私は耐えられないのかもしれない」
 「いまだって、声が震えているぞ」
ヒューは唸るように言った。
 「でも…、私、帰りたくない」
ピーノはヒューの耳元に向かって、そう言った。
 「死んでしまうんだぞ」
 「みんな、いつかは死ぬのでしょう」
 「俺は、おまえを見殺しになんてできない」
 「会えなくなっても、いいの?」
ぴたりと足を止めて、ヒューはうつむいた。
 「…いいわけないだろう」
静まりかえってしまった道で、ふたりはお互いを見つめた。
 「大丈夫、私は死なない」
ピーノは微笑んだ。
 「私の身体は死んでしまっても、みんなが私の歌を覚えていてくれる。そうしたら、私はずっとそこにいるのよ。だったら、私は最後までこの森にいて歌っていたい。ヒューと一緒にいたい!」
ぐっとのどを詰まらせるような音を鳴らして、ヒューは言葉をのみこんだ。
そして黙ったまま、しばらくピーノを見つめ続けた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
 「帰るんだ、ピーノ」
 「どうして!?」
 「あきらめるために生きるのは、もうたくさんだからだ」
ヒューの声は力強さを取り戻していた。
 「あきらめる?」
 「もしもおまえが死んでしまったら…俺はまたひとりになる。そりゃあおまえは俺の中で生きてるって言うかもしれない。でも、その日から俺はピーノに会うことをあきらめて生きていくんだ。
忘れようと必死になるか、忘れないようにと必死になるのか、それはわからない。だけど」
ヒューの瞳にうつったピーノが、涙で揺れた。
 「どっちもおまえに会いたいと思うことを、あきらめることに変わりはない」
 「ヒュー…」
 「そんなのは、いやだ。いつか、そんな日は来るだろう。いやでも、来るだろう。でもそれは、いまじゃなくていい。まして、それを自分で選びたくはないんだ。俺は、ピーノをあきらめたくないんだ!」
ピーノはぽろぽろと泣きながら、ヒューの背中にしがみついた。
 「うん、ありがとう、ヒュー。すごくうれしい…。でも、私が帰ってしまったら、やっぱり二度と会えないのよ。おなじことでしょう?」

ヒューの提案

 「おなじじゃないよ、ピーノ」
ヒューは、声をやわらげてそう言った。
 「ピーノが帰ったら、俺は海と反対の方へ旅に出ようとおもう。どれくらいかかるか分からないけど、おまえの国よりも暖かいところを探す。ピーノと一緒に暮らせる場所をさがす。みつかるまで、さがす」
自分に言い聞かせるように、ゆっくりとヒューは言葉をかみしめる。
 「そこにはきっと、鳥がくる。鳥を探して、たのむんだ。おまえに俺がいる場所を伝えてくれって。そしたら、今度はおまえが俺のところに飛んでくればいい。おれは、ずっと待ってる」
 「ヒューが、私と暮らせる場所をさがしてくれるの?」
ピーノの声のトーンが明るくなった。
 「そうだ。だからピーノは、俺からの知らせを自分の国で待っていればいいんだ」
 「待っていれば、いい…」
 「長い時間、待たせるかもしれない。待ちくたびれてしまうかもしれない。でもあきらめるより、ずっといい」
 「あきらめなくていいのね…」
 「忘れないでくれ、ピーノ。俺はおまえと一緒に生きることをあきらめない。離れ離れでさびしくなるけれど、それは決して『孤独』なんかじゃないんだ」
ヒューの言葉に、ピーノはやっと笑った。そして、羽ばたいてヒューの鼻先に飛び降りた。
 「私が、ただ待ってるだけだと思う?」
 「え?」
 「歌うわ。そして鳥の国で一番有名になるわ。王様のために歌うんじゃないの。名誉のためでもない。ヒューから伝言を頼まれた鳥が、間違えずに少しでも早く私を探せるように。私は私の歌を、ずっとずっと歌うわ」
力強く明るい声でピーノはさえずってみせた。
ヒューは声をだして笑った。ふたりの笑い声が森に響いた。
 「よし、そうと決まれば、いまからノウンに頼みに行こう。強い風の吹く日を予測してもらうんだ」
笑顔になったふたりは、ノウンのところへと走り出した。

藪の奥でふたりを見ていたノウンは、あわてて身をひそめた。


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