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【お話】怪物とお月さま

あるところに醜い姿の怪物がいました。
怪物は、いつもひとりぼっち。
山に隠れて誰にも遇わないように暮らしていました。
話し相手は、月だけでした。


山裾の村のお祭りの夜、
人々が楽しそうに手を繋いで踊っておりました。
怪物は、うらやましくて仕方ありません。
今夜は新月で、月とも話せません。
山の神様に、泣きながら言いました。
「今夜だけでいいから、わたしを人間にしてください。一緒に踊ってみたいのです」

神様は、怪物を憐れんで、その願いを叶えてやりました。
人間の姿を手に入れた怪物は、
大喜びで、祭の輪の中にはいりました。

「見かけないコだねえー」
村人は、不思議がりましたが、
みんな優しく仲間に入れてくれました。
「なんだい、そんなへっぴり腰で。こうやって踊るんだよー」
「こ、こうかい?」
「ほら、手をかしてごらん、こうだよ」
あたたかい手。
怪物はうれしくて、夢中で踊りました。
「うまいじゃないか、その調子!」
「いいねー、やるねー」
夢中で。一生懸命に踊りを覚えて。
怪物は、誉められたことが、楽しくてうれしくて生まれてはじめて、
笑いました。
声をあげて笑いました。

けれども、夜は更けて…
祭は終わってしまいました。
「楽しかったねえー」
「また遊ぼうよ!」
仲良くなった村人に言われて、怪物は思わず、うん!と言いそうになりました。
……あ。
「どうしたの?」
「な、なんでもないんだ」
「じゃあまた遊ぼうなー」
口々に言って、村人たちは家に帰っていきました。

怪物は、苦しくて走って山に戻りました。
「神様……どうしたら怪物じゃなくなりますか…ずっと人間の姿でいられますか…」

神様は言いました。
「ずっと人間の姿でいたいのならば、月を壊してしまいなさい」

月を壊してしまえば、お前の本当の姿は隠しておけるよ。
月の光は、本当の姿をさらけだしてしまうよ。
明日は、まだ細い細い1日目の月だから、
お前の力なら、簡単に折ってしまえるだろう。


…月を、こわす?
怪物は、呆然と立ち尽くしました。
月を壊せば、ずっと怪物であることを隠していられる。
またみんなと手をつないで踊れるんだ。

でも。

月は、ずっとこんな自分に話しかけてくれた。
いつも笑ってくれた…。

怪物は、頭を抱えてしまいました。
どうすればいいんだ…どうすれば…。





結局、きめられないまま、次の日の夕暮れになりました。
山の一番高いところの、高い木にのぼり、
怪物は、月を待ちました。


お日さまが沈むと、細い細い月が、そらの低いところで、にっこりと笑いました。
「やあ、昨日は会えなくてごめんね。元気だったかい?」

怪物は、震えながら言いました。
「昨日、神様のはからいで、人間の姿にしてもらったんだ」
「へえ!」
「おまつりに行った。みんなと手を繋いで踊ったよ」
「そう!すごいじゃないか。楽しかったろう?」
月は自分のことみたいにうれしそうに、怪物の話しを聞いてくれました。
「うん…楽しくて楽しくて…わたしは…」
怪物は、月に手を伸ばしました。
「あんたを、壊したいと思ってるんだ!」
「え?」
「あんたがいなくなれば、わたしはずっと人間の姿になれるんだ…だから…」

月は、怪物の話しを聞いて、黙ってしまいました。
そして、大粒の涙をこぼしました。
涙は、怪物の手の上に落ちてきて、怪物はそれを受け止めました。
きれいな涙に、怪物の姿がうつりました。
醜くて…おそろしい顔をした、怪物の姿が。

……月を壊そうなんて。
わたしは、姿だけでなく、ココロまで醜い。

「ごめんなさい」
怪物は、つぶやいて、下を見下ろしました。
「自分が、恥ずかしい。もう消えてしまいたい」
怪物は泣きながら、つぶやきました。
「神様、次は、きれいな人間にしてください」
そうして、飛び降りようとしました。



「まちなさい」
月が、強い声で言いました。
「消えてはいけないよ」
怪物は、おどろいて月を見上げました。
「……きれいごとなら、聞きたくないよ」
醜いままで、笑いました。
「あんたは、いつもきれいで、だからわからないだろう…わたしの気持ちなど」
「わからないよ」
月も、笑いました。そして、
「でも、それはお互い様だろう?」
と言いました。
「わたしは、いつも裏側は決して誰にも見せていないんだ。見せたくないんだ。
わたしの裏側がキレイか醜いか、あんたには絶対にわからないんだよ。ずるいだろう?」

だまりこんだ怪物に、月はもう一度笑いました。
「あんたに逢うのが、わたしも楽しみなんだよ…って言っても、あんたは信じてくれないんだろうね…。
さっき、お祭りが楽しかったって聞いたとき、わたしは裏側で、本当は悔しい顔をしたよ。
わたしのいないところで、きっとわたしの知らない顔で笑っただろうって思ったら、くやしくて、淋しくて、わたしはとても醜い顔をしていたよ。
だけど、わたしはそれを隠しているんだよ。
わたしはそんな自分が大嫌いなんだよ」
怪物は、なにも言えません。
「あんたは、そんな姿だけどさ。意外と優しいよね。
花を踏まないように歩いたり、鳥を脅かさないように小さい声で歌ったり…
ああ、あんたの歌、実はわたしは好きで、こっそり聴いてるんだよ、知らなかったろう?」
月は、ぺろっと舌を出しました。
「わたしだけが知ってる、あんたの姿。
それがわたしのシアワセだって言ったら?」
怪物の瞳から、涙がこぼれました。
「手をつないで踊れないけどさ……わたしがいるじゃないか。そのまんまで、いいじゃないか」
月は、優しく言いました。
「ありがとう……」
怪物は、それだけ言うのがやっとでした。


これからも、自分を好きになれるかどうかわかりません。
許せるかどうかも、わかりません。
でも、月が許してくれるなら、またあしたも月と話しがしたいと思いました。
怪物のまんまで、いいから。


村人たちが、祭の夜に一緒に踊った人間を見ることは二度とありませんでした。
でも、月のきれいな夜、ときどき山の方から優しい歌声がきこえるようになったそうです。

※2010年12月27日作



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