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【お話】ふたつの森がありました #5

岩山のてっぺん

それからひと月が経った。
ピーノは岩山の一番高いところから海の向こうを見ていた。
うしろからヒューが近づき、
 「そのあたりは、岩が崩れることがあるから気をつけろ」
と声をかけ、ピーノは「うん」と無表情に答えた。
 「帰りたいのか、自分の国へ」
ヒューの問いかけに、ピーノは黙って首を横に振った。
それから沈黙が続いたが、やがてピーノが明るい表情でヒューを見た。
 「もういいの。ここでの生活にも慣れてきたわ。森のみんなが私を待っていてくれるし、ヒューも優しくしてくれるし」
 「見え透いたお世辞など言わなくても、もうお前を喰ったりはしない」
さえぎるようにそう言われて、ピーノはむっとした。
 「お世辞なんかじゃないわ。私はヒューのこと好きだもの」
ヒューは目を見開いて固まったが、プイと横を向いて
 「この化け物の俺を、好き、だと? そんなことがあるものか」
と吐き捨てた。
ピーノはくったくなく笑って言う。
 「ヒューは、化け物なんかじゃないわ」
 「化け物だ。見ろ、このカラダを。この森にほかにこんな獣がいるか?こんな気味の悪い生き物がいるか?」
ヒューは自嘲気味にそう言って、ピーノを睨んだ。
ピーノの表情から笑顔が消える。
 「…いなくったっていいじゃない。誰にも似てなくていいじゃない。ヒューはヒューのままで、いいじゃない」
 「俺のままで、いい、だと?」
ヒューは口元をゆがませた。笑ったつもりだったのかもしれない。
 「俺は、いやだ。こんなカラダはいやだ!」
だんだん声のトーンが大きくなる。
 「お前に同情されるのは、もっといやだ!!」
ヒューが感情にまかせて後ろ足を蹴り上げたので、岩場が崩れてしまう。
 「ヒュー、落ち着いて… あっ!」
ピーノの乗っていた岩が崩れ落ちそうになり、ヒューが駆け寄ってピーノをくわえて安全な場所においた途端、ヒューの足場が崩れてそのまま谷底へ落ちてしまった。

=暗転=

谷底のゴツゴツした石だらけの地面に、ヒューが倒れている。
 「ヒュー!!」
ピーノが必死で呼びかけるが、ヒューは目を開けない。
 「ヒュー、しっかりして!目を開けて!!」
ヒューの胸がかすかに上下しているのを見て、ピーノはホッと胸をなでおろすが、
 「このままじゃ、助からないかもしれない」
目の前には海。そしていま降りてきた、そそり立つ岩場。
ここに来られる獣は、森にはいないだろう。
ピーノは決意して、岩場のうえを見上げた。
そして、ヒューの耳元に寄って、大きな声で言った。
 「待ってて!! いまノウンのところにいって、どうすればいいか聞いてくる。絶対に助けてみせるから、ここで待っていてね」
ピーノは翼をひろげて、ゆっくりと羽ばたいた。
ふわり、と宙に浮いたピーノは、そのまま岩場のてっぺんをめがけて上昇し、そして向こう側へと飛んで行った。

がけの下

半日ほど時間が経った頃、ピーノはノウンをつれて戻ってきた。
ヒューは動いた様子もなく浅い呼吸をしていた。
ノウンは黙ってヒューの手当てをはじめる。

その背後からピーノが独り言のようにつぶやく
 「ノウンが岩山をこえられるなんて知らなかったわ」
ノウンのそばには頑丈な爪のようなものがついた器具が置いてある。
彼はそれを巧みに使って固い岩場の壁を越えてきたのだった。
 「本当になんでもできる、さすがのノウンなのね」
そう言われてノウンはフッと苦笑いのような表情になってから、また真顔に戻って言った。
 「私こそ知らなかったよ。ピーノの翼はもうとっくに治っていたのだね。
まさかピーノがヒューを助けてほしいと血相を変えて飛んでくるとは、夢にも思わなかった。どうして逃げなかった? チャンスだったのに」
ピーノはノウンの言葉に、すこし首をかしげて考えるしぐさをした。
 「私にもよくわからないけど、この森でみんなと歌うことはとっても楽しいんです。それにヒューといるのも、嫌じゃないんです」
ぽつりぽつりとピーノは言葉を選びながら続ける。
ノウンは治療の手を止めず、それを聞いていた。
 「誰かに必要とされる、と思うことは自分の居場所を与えてもらったということなのかもしれない。なんだか、いまはそれがとてもうれしいの」
そのセリフを聞いてノウンはピーノに背を向けたまま、眉間にぎゅっとしわを寄せた。
が、再び笑顔をつくって振り向いた。
  「さあこれで終わりだ。もう大丈夫。あとは動けるようになるまでここで体力の回復を待つことだ」
ピーノはパッと顔を輝かせて、
 「ありがとう!やっぱりさすがのノウンだわ」
 「…礼には及ばないよ、当たり前のことだ。それに…私もヒューに死なれては困るからね」
ノウンの台詞の後半はささやくような声だったので、ピーノには聞こえなかった。
 「え?いまなんて?」
 「いや、なんでもない。私は暗くなる前に森へ戻らなければいけない。もしまた薬が必要になったらいつでも飛んでおいで」
ノウンは立ち上がると、道具を身に着けて岩場のほうへ歩き出した。
 「はい、わかりました」
ノウンが岩場を上って行くのを見送ると、ピーノはヒューのそばに寄り添いうずくまった。
そして、疲れたのかそのまま眠ってしまった。

「夢ならいいのに」ヒューのソロ

目を覚ましたヒューは、となりで眠っているピーノを見てホッとする。
そして、痛みをこらえてゆっくりと身を起こして、大きなため息をついた。
 「夢ではなかった。ピーノがノウンのところへ行くと言って、空へ…」

夢じゃなかった 夢かと思ったのに
ピーノが空へ 小さくなっていった
翼をひろげて あれが「飛ぶ」ということなんだ

あんなことができるなら 俺から逃げることができるだろう
いつでも 逃げることができるだろう

あんなことができるなら 俺などいなくてもピーノは
ひとりで どこまでも歌いにいけるんだ

俺など いなくても…

夢じゃなかった 夢ならいいのに
ピーノが空を とんでいってしまう
ピーノが空を とんでいってしまう


ヒューは「いやだ!!!」と叫んで、首を大きく横に振った。
肩で息をしながら、ヒューは寝ているピーノをにらみつけた。
 「あのとき、喰ってしまえばよかったんだ。そしたらこんな苦しい思いをせずに済んだ。…いまからでも遅くない。喰ってしまえ、こんな…こんな鳥なんか!!」
声を震わせて、ヒューはピーノに手を伸ばそうとして、ひっこめる。
 「いや、喰ってしまったら、俺はまた一人ぼっちになってしまう。そうだ、翼を…この翼を傷つけてしまえばいい。もう飛べないように。二度と飛べないように」
ヒューは鋭い爪でピーノの翼を切り裂こうと、構えた。

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