【お話】ふたつの森がありました #3
ふたたびノウンの住処
暗がりにオレンジ色のランプが輝いている。
机の上に置かれた毛布の上にピーノが横たわっていた。
「ケガもひどいし、かなり弱っている。できるだけのことはやってみるが、助かるかどうかは、わからないぞ」
ノウンは眉をひそめてそう言って、ヒューを振り返った。
「なんのために、こんなところまで連れてきたと思ってる!お前はなんでも治せるノウンだろう」
ノウンの背後で心配そうにウロウロしていたヒューは立ち止まって、そう言ってノウンをにらみつけた。
「そうは言っても、さすがの私も鳥を間近で見るのは初めてなんだ」
「いいから治せ!そのために、大嫌いなおまえのところまで来たんだぞ」
ノウンは腕組みをして、しばらく考え込んでいたが
「おもての森を抜けて、草原もこえて、かなり走ると湖がある。
その湖のほとりにしか咲かない星の形をした青い花があるんだ。その花の花粉からつくる薬なら効くかもしれない」
そう言いながら麻袋をヒューに渡した。
「わかった、すぐ行ってくる」
ヒューは袋を口にくわえてドアの方へ向かった。
「それと、鳥の食べ物は…たしか木の実だ。いまならザクロがいいだろう。たくさんとってきてくれ」
ノウンの言葉にヒューは黙って頷いた。
「湖まではかなり遠いぞ」
「俺を誰だと思ってる。半日で帰ってくる。いいか、それまで死なせるな!」
そう吐き捨てるように言ってから袋をくわえなおして、ヒューが飛び出していく。
ノウンは眠っているピーノを見つめながら、不敵な笑みを浮かべた。
「…この私にも、まだ知らないことがあったとはね。面白くなりそうだ」
ピーノ、目を覚ます
ピーノが目を開け、ノウンがそれに気づく。ヒューは部屋の隅で眠っていた。
ノウンはピーノに顔を近づけると囁くように話しかけた。
「気が付いたか」
「…ここは?」
ピーノは首から上だけを動かしてまわりを見た。
ノウンはピーノにかけてあった毛布の位置を直しながら答えた。
「獣の国だよ。私はノウン。まあ、医者のようなものだ」
「私は鳥のピーノです。ありがとうございます、助けてくれて」
弱々しいがはっきりした声でピーノは言った。
「助けたのは私じゃない。ほれ、あそこで疲れて眠っているヒューだ」
「…ヒュー?」
ピーノは首をさらに伸ばして、部屋の隅を見た。
「薬草や木の実をとるために、何度も遠いところを往復したんだよ。おまえさんを助けるためにね」
「私を、食べなかったんですね」
「そのようだね」
ピーノは小さなため息をつきながらヒューの方を見つめた。
ノウンはヒューの方へ近寄って、体をゆすって起こしながら言った。
「おい、ヒュー!起きろ、お姫さまのお目覚めだぞ」
ヒューは、むくっと体を起こしてピーノの方に顔を向けた。
「助けてくれて、ありがとう」
ピーノが緊張した声で言ったが、ヒューは無言でただピーノを睨み付けるように見ていた。
「私を食べなくていいの?」
ピーノは、おずおずと聞いた。
「…喰うのは、やめた。かわりに、俺がもういいと言うまで、おまえの歌というのをきかせろ。もしも逃げるのなら、そのときは喰う」
無表情なまま、ヒューはそう言った。
ピーノは少し驚いた顔をしたが、小さく笑って、
「逃げないわ。どうせ飛べないんだし、逃げられないわ」
そう言って視線を落とした。
ノウンはそんなピーノの顔を覗き込みながら、
「まだしばらくは安静にしていなくてはいけないよ」
と言ってから、ヒューの方へ向き直った。
「ヒュー、薬草が足らなくなりそうだから、もう一度とってきておくれ。なるべくやわらかそうな葉を、たくさん」
「わかった、行ってくる」
ヒューはまた袋をくわえて、即座に出て行った。
「ピーノ、といったね」
ヒューの気配がなくなった部屋で、ノウンは淡々とピーノに話しかけた。
「はい」
「大丈夫だよ。その翼は一ヶ月あれば治るだろう。また飛べるようになる。そうしたらヒューのところからお逃げ、ヒューも空までは追えないからね」
ノウンの言葉にピーノは、かすかに頷いた。
そして首をかしげるようなしぐさをして、ノウンを見た。
「聞いてもいいですが、あの…ヒューのことを」
「ああ、もちろんだよ」
ノウンはヒューのことをピーノに話して聴かせた。
=暗転=
知ってるかい(3)
影の森のヒューといっしょに 小鳥のピーノがいるそうだ
海のむこうから 流れてきたんだって
とっても歌がうまいらしいよ
ねえ知ってるかい 知ってるかい
ピーノの歌を聴いたかい
優しくきれいな その声を
知ってるかい 知ってるかい
影の森のヒューといっしょに 小鳥のピーノがいるそうだ
歌声は風が運んでくれるんだ
ヒューはちょっと怖いけど
こっそり聴きにいかないか…
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