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【お話】ふたつの森がありました #7

ピーノの提案

影の森の木陰で、ヒューとピーノが言い争っている。
と言っても、語気を荒げているのはピーノのほう。
 「なんでおとなしくしてなくちゃいけないの? そんなのおかしいわ。私もヒューもなにも悪いことしてないのに」
 「仕方がないさ。…俺だってライオンたちと関わるのはイヤだ。ピーノも知っているんだろう? 俺がライオンと闘ったことを」
ヒューは力なくそう言ってうつむいた。
 「でも…だからって、もうおもての森に行けないなんて、そんなのイヤよ。みんな待っていてくれてるのに」
ピーノは少しだけ声のトーンを落としたが、まだ不満そうに言った。
 「俺だって、ノウンの言いなりになるのは悔しいさ…」
ヒューはノウンに言われたことを気にしていた。ピーノに危害が及ぶかもしれないと言われたからだ。
ピーノはそんなヒューの気持ちを知ってか知らずか、ひとりでしばらく考え込んでいたが、ふいにパッと顔をあげて、
 「会いに行きましょう」
と、きっぱりと言った。
ヒューは面食らったようにパチパチとまばたきをした。
 「だ、だれに?」
 「ライオンに、よ」
 「なんだって!?」
 「ここでビクビクしてたってしょうがないわ。それよりも、こっちから行ってみましょう。喧嘩をしにいくんじゃないの。私の歌をライオンたちにも聴いてもらいたいの」
ピーノはぴょんとヒューの背中にのった。
 「ピーノの歌を、ライオンに?」
 「そうよ。それでもライオンが牙をむくのなら、そのときは」
 「そのときは?」
ヒューは背中の上のピーノを見ようと、首を回す。
ピーノはヒューの顔をのぞきこんで、答える。
 「そのときは、そのときよ」
呆れ果ててヒューはそのまま前足を崩して、しゃがみこんだ。
 「ピーノは楽観的すぎる」
 「ヒューが悲観的すぎるのよ」
ピーノは背中からおりて、ヒューの顔の前に立った。
 「この森で、一番早く走れるのはだあれ?」
 「そんなの俺に決まってる」
 「じゃあ、この森で空を飛べるのはだれでしょう」
歌うように言いながらピーノはくるっと回って見せた。
 「お前だ」
ヒューは当たり前のことを聞かれて、憮然と答えた。
不敵な笑みを浮かべてピーノはヒューの鼻先を翼でつついて、
 「こーんな最強の逃げ足コンビ、ほかにいないと思わない?」
・・・。
ヒューはピーノを睨み付けようとして、こらえきれずに吹き出した。
 「あはははは!『逃げ足コンビ』ときたか」
笑い声を響かせてヒューは立ち上がった。
 「負けたよ、ピーノ。わかった、ライオンに会いに行こう」
そして笑うのをやめて、ピーノをみつめた。
 「ピーノの歌をきかせてやろう」

ライオンたちの村

 突然のヒューの出現にライオンたちは威嚇のうなりをあげている。
背中にピーノをのせたヒューは、まっすぐ長のいる小高い丘へと向かう。
悠然と丘の上に現れたライオンの長は、そこからヒューをみおろした。
側近の若いライオンが、丘をかけおりてヒューの前に立ちふさがった。
 「なにをしにきた!!」
咆哮に怯みもせず、ヒューはライオンを黙って睨み返した。
 「こんなところまでのこのこやってくるとは、いい度胸だな。あのときは俺もまだ子供だったが、もうお前に負けはしない。甘く見るなよ、ヒュー」
若いライオンは、いまにも飛びかかろうと爪をヒューに向けた。
 「争いにきたのではない。長と話がしたい」
穏やかな声でヒューは言った。
 「問答無用!」
飛びかかろうとした若いライオンの背後から、長がすっと現れて制した。
 「やめろ」
 「で、でも」
 「ヒューに戦意がないことくらい、気配でわかる。お前も次の長になるのなら、それくらいのことは見抜けるようにならねばな」
右目に大きな傷あとのあるライオンの長は、ヒューの前に進み出た。
 「久しぶりだな、ヒュー。このわしに、どんな話がある?」
しわがれた声に老いは滲み出ているが、強いまなざしと凛としたオーラに包まれたその姿は、昔と変わっていないとヒューは思った。
 「…昔、俺がここで暴れたことを忘れてくれとは言わない。でも、このピーノには全く関係のないことだ。こいつには手を出さないでほしい。こいつがおもての森で歌を歌っても、危害を加えないでほしい」
ヒューはそう言って、長に向かって頭を垂れた。
 「頼む」
長は、ほう…と小さく呟いて、ヒューの背中にのっているピーノを見た。
 「そうか、そこにいるのがピーノか。噂はこの村にも届いておる。ヒューがおもての森に頻繁にきているということもな。若い連中の中には、いろいろ言う者も確かにいるがな…それが心配でここまでやってきたのか?」
ヒューは黙って頭を垂れたまま、かすかに頷いた。
そんなヒューを長はじっと見ていたが、しばらくして若いライオンを振り返った。
 「おい、ライラを呼んできてくれ」
若いライオンは思わず首を横に振って拒もうとしたが、長の真剣な顔をみて、そのまま踵を返してどこかへ走って行った。
長はまわりを取り囲むように控えているライオンたちに向かって吠えた。
 「お前たちは下がっていろ!」
 「し、しかし、長…」
 「しばらくここへは誰も近寄るな」
ライオンたちは顔を見合わせて頷くと、散り散りに去っていった。

やがて、雌のライオンが若いライオンに連れられて、顔を伏せたまま出てきて、長の前にひれ伏した。
ヒューは彼女から目をそらしてぎゅっと口を結んだ。
若いライオンは少し離れたところに座り込んだ。
 「なあ、ヒュー」
長はヒューに向かって、しわがれた声をしぼりだすように言った。
 「わしは、ずっと…お前に謝らなければいけないと思っていた」
ヒューは長の言葉に耳を疑って、思わず顔をあげた。
 「あのころ、まだお前はほんの子どもだった。そしてこのライラを本当の母親だと思っていた。いいや、お前にとっては本当の母親だったのだ」





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