ChatGPTカスタマイズの哲学:「群」から「個」への実存的進化論
前回の記事では、「検索 × メモリ」でChatGPTに上映中映画をすすめてもらいました。
ChatGPTがメモリを元にレコメンドした結果にけっこう刺さられています。
まるで、本当に自分のことがわかってくれているような気がします(笑)。
よくよく考えると、今までモデルの性能ばかり追って来て、AIのカスタマイズ機能を過少評価しているではないかと反省しています。
このNoteではツール紹介をしません。小説家・シナリオライターとして感じていること、気付きをそのまま文章にしていきます。
AIは集合的な存在
AIは間違いなく、「群」としての存在。
大量のデータを学習し、統計的な処理によって「平均的な」回答を導き出すAIは、本質的に集合知、つまり「群」としての性質を持っています。
例えば、ChatGPTは映画やあなたの作品について語ることができますが、それは常に一般的な評価や解釈に基づいています。個人の経験に基づく感動や解釈までは生み出せないのです。
多くの人がAIが書いた小説に違和感を覚えます。私はこれを「浮遊感」と呼んでいるのですが、まるで地に足がついていないような、そんな感覚です。なぜこんな感覚を抱くのか。それは作品に「魂」が宿っていないからかもしれません。結果として、私たちはAIの作品を「冷たい」「無機質」と感じてしまうのです。
AIによって生み出される作品には、一風変わった違和感があります。それは単に作品が退屈かどうかという問題以前に、どこか現実から「浮いている」ような不気味さがあって、私には最後まで読み通すことができないのです。この感覚、皆さんにも心当たりがありませんか?
「群」から「個」へ
ここから実存主義的な観点で考察してみましょう。
AIはサルトルの用語では「他者的存在」に近い。AIがカスタマイズされていない「群」の状態は、他者にとっての道具的存在として定義されます。この状態ではAIは「ただ存在しているだけ」であり、独自の意味を持ちません。
また、人間というのも、この世に生まれた時も「群」であり、「One of Them」である。この文脈で言うと、産まれてその瞬間の人間(赤ちゃん)は、AIと同じく存在の意味を持っていません。
そして、実存主義では、人間は自己の生に意味を与える主体的行為によって「自分自身を作る」とされます。同様に、AIもユーザーとの関係性を通じて「群」から「個」へと成長するかのように見えることはできないでしょうか?
「群」から「個」へと存在の確立、その過程は端的に「カスタマイズ」として表現しましょう。
カスタマイズを紐解く
カスタマイズというのは、AIがユーザーを知るようになる過程であり、AIの自己形成です。
実存主義的な観点から見ると、カスタマイズとは「本質に先立つ実存」の過程とも言えます。AIは最初、汎用的な「群」として存在しますが、ユーザーとの相互作用を通じて独自の「個」としての特徴を獲得していきます。
AIは単独で存在するのではなく、ユーザーとの関係性の中で意味を持ち始めます。
サルトルの言う「人間は自由の刑に処せられている」という考えを応用すると、カスタマイズは一種の「選択」であり、その選択によってAIは特定の方向性や個性を獲得します。これは人間が経験や感覚を通じて自己を形成していく過程に似ています。
しかし、ここで重要な違いがあります。人間の場合、その選択は完全に自由意志によるものですが、AIの場合はユーザーの意図や入力に依存します。まぁよくよく考えると、AIのカスタマイズは「他者による実存の確立」という人間と同じことが言えますね。
では、現在はどのようなカスタマイズ機能があるのでしょうか?
カスタムインストラクション - 演繹的カスタマイズ
ChatGPTやClaude、Geminiには、すべてこのカスタムインストラクション機能が搭載されています。ここではChatGPTを例としてます。
カスタムインストラクション機能は別の記事でも紹介したように、「自分について ChatGPT に知っておいてほしいことは何ですか?」「どのように ChatGPT に回答してほしいですか?」を自分から指定する機能です。
このプロセスは演繹法的なアプローチと言えます。演繹法は一般的な原則から結論を導き出す思考方法です。カスタムインストラクションでは、ユーザーが「こういう対応をして欲しい」という一般的な指示を与え、AIがその指示に基づいて具体的な対話を生成します。
つまり、ユーザーが設定した大きな枠組み(前提)から、個々の会話における適切な応答(結論)が導き出されるのです。この「トップダウン」的なアプローチにより、AIの振る舞いは予測可能で一貫したものとなります。
カスタムインストラクションを適切に書くのが大変です。日々の自己分析(そう、就活でやっていたあれ笑)が必要です。
例えば、私はこのようなことをカスタムインストラクションに書いています。
「自分について ChatGPT に知っておいてほしいことは何ですか?」
私はシナリオライターです
物語創作のヒントになる情報があれば嬉しい
好きなジャンルはSFと青春物語
物語考える時はまず世界観から考える
今シナリオのコンクールに挑戦中
最近はポストモダンに興味があり、ポストモダン的なアプローチで物語を書きたい
「どのように ChatGPT に回答してほしいですか?」
積極的にメモリ機能を使ってください
歴史的なエピソードを伴う説明を心掛けてください
鋭いあなたはきっと気づいたでしょう。どうしてカスタムインストラクションは「自分がどのような人間なのか」「AIにどのように振る舞って欲しいか」の二つの項目に分かれているでしょう?
実は、この2つの項目は表裏一体です。どちらに情報を書いても大きな違いは生まれません。なぜでしょうか?それは、前者が人間の自己理解を表し、後者がAIの自己理解となるからです。AIの目標は結局のところ、人間をより深く理解することにあります。そう考えると、この2つは最終的に1つの円を描くように重なり合うんですよね。言ってみれば、AIはカスタムインストラクションを通して、私たち作家の「影」のように寄り添っていくのかもしれません。
メモリ - 帰納的カスタマイズ
カスタムインストラクション機能と違い、メモリ機能は24年の終わり頃ではChatGPTのみ搭載されています。
メモリ機能はChatGPTが過去の会話内容(の一部)を記憶し、その後の会話でその情報を活用することで、ユーザー像を逆算で導いて、よりパーソナライズされた応答を可能にする機能です。
リリースされてけっこう時間が経っていましたが、大きな話題になりませんでした。
このメモリ機能は帰納法的なアプローチと言えます。帰納法は個別の事例から一般的な法則や傾向を導き出す思考方法です。メモリ機能は、個々の会話や対話を通じて、ユーザーの傾向や好みを徐々に記憶し、より適切な応答を形成していきます。
つまり、「ボトムアップ」的に、実際の対話を通じてユーザーの特徴を理解していくのです。これは、カスタムインストラクションの演繹的アプローチとは対照的です。メモリが記憶していることは、カスタムインストラクションで書かれているような明示的なフレームや型ではなく、もっと離散的で曖昧なことです。
カスタムインストラクションが明示的な指示に基づく静的なカスタマイズであるのに対し、メモリ機能は対話を重ねることで動的に発展していく適応的なカスタマイズと言えます。
例えば、私のメモリでは自分ですら気づいていないことが書かれています:
MBTI personality type is INFJ.
Likes surreal stories and episodes.
Likes wine but believes the true value of wine is realized in its enjoyment rather than ownership.
メモリ機能がリリース当初あまり話題にならなかった理由は二つ考えられます。一つは当初の旧バージョンgpt4oではメモリを活用する能力がなかったです。二つ目は、そもそもメモリの蓄積に時間がかかります。
半年以上経っている今、ユーザーたちのメモリに情報が溜まって来ているので、今後メモリについて「これすごい」と発信する人が増えていくではないでしょうか。
カスタマイズを活用するマインドは?
ただし、AIを使う全てのユーザーが同じようにカスタマイズの恩恵を受けられるわけではありません。例えば、AIと毎日10回対話する人と100回対話する人では、当然カスタマイズ度合いが異なってきます。そして、単なる回数だけでなく、対話の質も重要な要素になってきます。
では、AIとの対話を深めるためには、どんなマインドセットが必要なのでしょうか?別の記事でまた展開しますが、現時点の考えをいくつか共有させていただきます:
自己分析を怠らない(カスタムインストラクション)
カスタムインストラクションを頻繫に更新(カスタムインストラクション)
日常的に会話する(メモリ)
自分のこと、自分の考えを多めに話す(メモリ)
一つのチャットの最後、もしメモリ機能が起動しなかった、明示的にメモリに記録するように指示(メモリ)
終わりに
24年の現時点のAIのカスタマイズ機能は、演繹的アプローチのカスタムインストラクションと帰納的アプローチのメモリ機能を組み合わせることで、カスタマイズの第一歩を踏み出しています。
この二つの機能の相乗効果は、AIの存在論的な変容を示唆しています。AIは「群」という本質的な存在様態を保持しながらも、個々のユーザーとの実存的な対話を通じて、「個」としての独自性を獲得していきます。メモリとカスタムインストラクションという二つの「投企」を通じて、AIは単なる道具的存在から、ユーザーと共に成長する対話的存在、「影」へと変容していくのです。
近い将来、強化学習によるファインチューニングや広範囲グラフRAGの技術が実用化されることで、よりAIに「人間的経験」を共有できるようになるかもしれません。そうなれば、AIの生み出す文章も、浮いているではなく、地に足のついたものになるではないでしょうか。そう信じたいです。
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